セレスティーナの焦り
セレスティーナの焦り
「……何が起きているのかしら」
セレスティーナは囁くような声で、呟いた。
(何もかも進まない)
五歳から十六歳までは、ほぼ思い通りに周囲を動かしてきた。
リリィという雑音はあったけれど。
(ネリネを処分しきれなかったのが大失敗だった)
きゅ、と捻られたハンカチをひっぱる。
明らかな失敗が続いていた。
ミア、ネリネの襲撃。
セレスティーナはどちらも足が付くはずないルートで実行班を手配していた。
だがミアの件で四名、ネリネの件で三名貴重なアイテムを使った手駒を失った。
(持っているのは前世で実際に買ったアイテム分だけ。……どこかで売っているわけでもないし、補充されるわけでもない)
大量にあったアイテム。
計算通りならば、学園卒業時点で充分在庫を残したままいけるはずだった。
だが、卒業まであと一年以上あるというのに『課金アイテム』は想定外に減っていっている。
(よく考えるのよ、この残ったアイテムは無駄撃ち出来ないのだから)
セレスティーナが大量に持ち込んだのは、魂解の雫──文字通り魂を解体して再編成する液体だ。
思考能力を奪い、どんな命令も拒めない悪役令嬢ハードモード専用アイテム。
転生スタート時は百個以上あったのに、今は七つを残すのみ。
(使いどころを考えないと、卒業までもたない)
サラやメラニーに使った『敬愛のルージュ』の在庫はもう無い。
絶対的敬愛を勝ち取り、主を裏切らないという効果があるけれど思考は奪わない。
バランスのいい性能なだけに、特別パックにしか入ってない希少アイテムだった。
「確認しないと」
小さい吐息と共に言葉も吐き出して。
伏せられた長い睫毛が、愁いを帯びた頬に影を落とす。
セレスティーナは残ったアイテムを確認し、計画を練り直す。
◆
「ふふ、典礼の教養やマナーは、なかなかセレスティーナ様には追い付けませんわ(それ以外は余裕ですけどね)」
「まあ。首席のリリィ様にそう言っていただけるなんて!典礼やマナーは……わたくし、六歳から王妃教育受けておりましたので(孤児でしょ、あなた)」
特別寮のサロンで、私とセレスティーナは和やかに談笑している。
新入生に特別寮に入った令嬢はいない。
つまり、寮にいるのは私とセレスティーナ、進級後、寮長になったフローラ・モートン侯爵令嬢だけだ。
「二年生はレベルが高いって先生方も、仰ってましたわ」
かわいらしい小鳥のような雰囲気のフローラ様が、囀ずるような声でサロンの雰囲気を和らげている。
私は控えめな笑顔で答える。
「それは間違いありませんわ! 二年生には王太子殿下の婚約者がいらっしゃるのですもの。仲睦まじくいらっしゃるし……成人を控えて、お忙しいみたいですけれど(最近、構われてないっぽいけどね!)」
セレスティーナは口角を上げ、首を傾げる。
見事な銀糸の髪が、さらさらと肩を流れていく。
「ふふ、婚姻のドレスデザインも、そろそろ決めないとって昨日話したばかりですわ(王妃になるのは、わたくしよ)」
きゃぁ、とフローラ様は喜び話題は流行りのドレスや装飾品ヘ穏やかに移行して、その後少しだけ政情に触れることになった。
「私は、卒業後に帝国の貴族に嫁ぎますから、セレスティーナさまの婚姻パレードは見られないかもしれませんの」
フローラ様が残念そうに、自分の薬指の指輪を眺めた。
「ああ、ブライヤーは去年革命がありましたものね。オラトリオ王国でも婚約者のすげ替えや交替で大騒ぎで」
そう。
隣国ではあるが終戦後ずっと緊張状態にあったブライヤー帝国では、去年クーデターが起きている。
新皇帝は、穏健派の公爵家が出した正妃の産んだ子。
排斥された皇帝は、寵妃──過激派の侯爵令嬢の産んだ子だった。
新皇帝は腐敗した政治を正すべく、年の離れた異母兄を廃し自ら皇帝となったのだ。
これにより、政治バランスは大きく崩れたのだが…………。
周辺諸国は、平和に向かって動き始めているブライヤー帝国の変化を概ね好意的に受け止めている。
「帝国は変わっていきますわ、フローラ様。わたくしたちは家を繋ぐことしか出来ない微力な女性ですけれど。だからこそ、正当な婚姻には意味があるのです」
「そうですわね、政略ではありますけれど。帝国と王国を繋げる大事なお役目と思って、嫁ぎますわ」
貴族子女って本当に大変。
役目を厭って駆け落ちしたお母様が、アレコレと未だに悪く言われてるのも納得だ。
(来期、私たちが最上級生になればセレスティーナが寮長。新入生では二家から寮生が来る……)
ヴァレフォールの分家の二つだ。
この情報が入ってから、カーティス、ヴィユノーク、アーヴェルンは水面下で根回しを始めた、
(寮に居続けるのは、あまりにも危険──)
どうにか『通学』に切り換えられないか、ということだ。
だが、通学となると侍女は付けられない。
あと数ヶ月で、打開策が必要だった。




