協力者
協力者
カーティスは身を乗り出して、机の下から革製の分厚いノートを取り出した。
罫線も何もない無地の羊皮紙ノート。
それに細かな文字で書き込みを始めながら、顔だけこっちに向けてくる。
「それで? 主人公は選択肢を間違えると誰かが死ぬの? それとも失恋して終了? 逆に失敗して終れなくてやり直すとか、あった?」
「……あったわよ。親友を裏切って婚約者を奪ってしまうと、親友が魔力に取り憑かれて暴走するルートとか」
「あとは?」
「婚約破棄された悪役令嬢が復讐に走って、王国が分裂しかけるルートも……」
「うおおおおおお!? それ完全に魂位相の歪曲じゃない!! 感情の選択が現実世界の構造をゆがめるなんて──最高! 尊い! 」
「……あなた、隠しキャラの自覚、あるのよね?」
「ないわよ! だけど、私ってまだ本編の範囲外だったわけね。うんうん納得した!そりゃ意味もなくこの孤独な屋敷にずっと籠もってたわけだわ!そういう設定だったからなのね!」
まるで「自分の存在理由を肯定された!」とばかりに満面の笑みを浮かべ、カーティスはノートに「隠しルート確認!」と書き殴る。
「それで、その選択肢を選ぶと、誰が落ちるの? 恋愛感情のパラメータは見えた? 数値化されてた? それとも雰囲気的に?」
「雰囲気、かな。でも修道院シスターの台詞とかスチル(イベントCG)って呼ばれる絵が出る瞬間があって、それで関係の進展がわかった」
「スチル!? 神視点からの固定映像による記録!? それって要するに、魂の回想ビジョンじゃないの!? うああ、感覚位相すら超越してる……!」
(──もうちょっと私にわかるよう喋ってくれないかな? 意味不明過ぎるのよ)
カーティスは鼻息荒く、ついにテーブルの上に身を乗り出す。
「リリィ、あなた、もしかして……この世界を再構築可能な記憶媒体として見てるんじゃないの?」
「専門用語わからんて……それ、どこまで正解なのか自分でも分からない」
「ひゃああ、最高だわああ!!」
──完全にオタクが爆誕していた。
推し(魂)と世界構造が合体したような情報を与えられ、カーティスは沼に沈みきっている。
私はため息をついた。
(でも……悪くない。いや、むしろこの反応はつけ込む余地がありそう)
私の状況は成人の手助けがないと、生きていけなさそうな気配だし。
ひとしきり騒いだあと、カーティスはようやくノートを閉じた。
瞳の輝きはそのままに、しかし声は穏やかに紳士的なものに戻っていた。
「……とりあえず、整理しましょうか」
紅茶を一口。
すっかり冷めてしまっていたが、彼は気にもしない。
「あなたの魂は異常よ。多層化し、明らかに本来この世界に存在しない記憶構造を持っている。これは観察対象としては申し分ないわ」
「つまり、私を保護した理由は研究価値があるからってことね」
幼い子供の振りはしない。
「正直でしょ?」
カーティスはまったく悪びれず、むしろ嬉しそうに微笑んだ。
「でも、あなたにとっても悪い取引じゃないはずよ? あのまま街中で捕まっていたら、今ごろどうなっていたことか──」
「……あなた、なにか知ってるの?」
「察しはつくわ。理由が見た目のいい子供だけなら、ごろつきの可能性もある。でも、あなたを追っていたのは──多分貴族の手」
私の目がすうっと細くなる。
「なら、あなたは? 私にどう関わるつもり?」
「簡単よ。協力者になる。あなたの記憶、魂、言葉──それらを私に見せてくれるなら、私はあなたを守る。屋敷も、食事も、生活の安全も保証する。条件は一つ、嘘をつかないことかしらね」
「……監視されてるみたい」
「当然じゃない。私は研究者。観察はする。でも、実験はしないわ。私、おもちゃは大事にする性格なの」
静かで、まっすぐな目だった。
狂気すれすれの好奇心に満ちた人間なのに、その一言には、妙な説得力があった。
──それなら、乗ってやろう。
どのみち、私は既にシナリオに捕まってしまっている。
私は心の中で即座に決めた。
利用されるだけじゃない、こちらだって彼の知識と地位を利用する。
おそらくこの世界で、唯一「物語を知らないのに、世界の構造を理解できる人間」──それがカーティスだ。
「わかった。条件は呑む。私は私で、この世界の動きを知りたいの。あなたの知識と視点は、役に立ちそう」
「交渉成立、ね。ふふ、なんだかビジネスみたいで素敵」
「できれば、もうちょっと普通の出会い方がよかったけど」
「それは私も同感よ。トゲ茂みから始まる縁なんて、そうそうないもの」
私たちは視線を交わし、妙な共犯関係が成立した。




