殿下とのダンス
殿下とのダンス
──中立派閥の当主のちょっと変わった立ち回りに、大きなパーティなどでは中座するという慣習がある。
参加するのは、挨拶まわりと最初のダンスまで。
その後のお酒の入った交流を避けたいという、中立派の防衛的行動によるものだ。
大舞踏会も例外ではない。
パーティは華やかだけれど、政治的な戦争の場でもあるからだ。
「おえ、やっぱり締めすぎ……」
私はユリとメラニーに締め上げられたコルセットの息苦しさに心のなかで文句を言った。
(これは本当に慣れない…………)
ドレスはペパーミントグリーンの可愛らしいもの。
派手に飾り立ててはいないけれど、生地や装飾品は最高級。
アーヴェルンの聖女のイメージを取り入れて、清楚で品良く見えるよう計算されたデザインらしい。
アーヴェルン家は複数の宝石鉱山所持ということもあり、宝飾品に困ることはないのだけれど。
今日だけは清楚さ優先で、大粒の真珠になった。
セレスティーナは遠くにいても圧倒的存在感を放っていた。
ロイヤルブルーの華やかなドレスに散りばめられた金の差し色がきらきらと輝いている。
エドワール殿下とセレスティーナは互いの色を纏い、にこやかに挨拶に応じていた。
(見た目だけならお似合いのカップルよね……)
何とも言えないモヤモヤが胸中に広がっていく。
あんなに美しく、すべてを持っているというのにセレスティーナはこれ以上何を望むというのだろう?
他者を蹴落とす必要なんてないのではないか。
少なくとも私はそう感じる。
(家柄、容姿も最高レベル。ゆくゆくは王妃になることが確約されているというのに)
光源が絞られ、静かに音楽が奏でられ始める。
陛下と王妃が踊ったあとは、入れ替わるように王太子とセレスティーナがダンスホールの中央に滑るように進んでいく。
二人は二曲続けて優雅に踊りを披露した。
円満ですよ、というデモンストレーションだ。
その後は各自パートナーと踊り始め、ダンスホールは花が咲いたように色とりどりのドレスがくるくると回っている。
お義父様、お兄様たちと一回ずつ踊ってそろそろ帰宅しようとしていた時。
「リリィ嬢、私と一曲踊って欲しい。アーヴェルン伯爵、いいだろうか?」
目の前の華やかなエドワール殿下。
私はどうしたらいいの?と問うように、僅かに首を傾げて真横にいるお義父様を見た。
まあ、拒否は出来ないよね。
相手は王太子ですもの。
「いっておいで、リリィ。帰るのは殿下と踊ってからでいいよ」
アーヴェルン伯爵は頷き、殿下に向き直り臣下の礼を取った。
一瞬、微笑みを浮かべたセレスティーナの射るような視線を感じ、私は俯いた。
「ああ、気にしなくていい。セレスティーナとはちゃんと二回踊っているからね」
「ですが……」
「この後、リリィ嬢だけではなく他の令嬢とも踊るから、大丈夫だ」
覚悟を決めてエドワール殿下の手をとり、中央に進む。
一瞬のざわめきのあと、静まり返ったホール。
周囲の注目が集まり私と殿下の一挙一動を、刺すような視線で注視している。
私は、あえて硬い表情でやり過ごすことにした。
自分からアピールしたわけじゃありませんよ、と見えるように。
曲の開始と共に、私は宙に浮いているような気分になるダンスを経験した。
今まで踊ったどの相手よりも、殿下はダンスの名手だった。
(なんて素晴らしいリードなの? こんなにダンスが楽しいなんて)
殿下はふわふわと体重なんてないみたいに、私を舞わせてくれる。
不意に顔が近付き、私たちは見つめ合った。
意識などしていなかったはずなのに、心臓が跳ね上がる。
見つめあったのは数秒だったと思う。
エドワール殿下の熱のある瞳は、はっきりと好意を伝えてきた。
殿下は何も言わなかったし、私も口を開くことはなかった。
ただ、踊っただけ。
なのに私は自分の頬が赤く染まるのを感じ、動揺した。
(そんな、まさか)
帰りの馬車の中、私は家族に上の空で返事をしながら、高鳴る鼓動を抑え込んだ。
大丈夫、家族は何も気がついていない。
心臓の音は、自分にしかわからないもの……。
(私は殿下を好き、なんだろうか)
いつから?
二人きりで会ったこともない、長時間話したこともない、そんな男性に恋しているというの?




