ヒロインの思惑
ヒロインの思惑
「ええっ?」
私、リリィは少しだけ取り乱したような声を出した。
ジルベールが、ミアの産休について話し始めたからである。
「そろそろ、冬の外出に付き添わせるのは……とエレナから助言があったのだよ」
「確かに外は寒いですものね」
現聖女は、昔から女性の働き方について熱心に改革を進めている。
そのおかげで、アーヴェルン伯爵家では侍女への福利厚生が手厚い。
私とカーティスは、この伯母の思想に目を付けてミアの婚姻から妊娠まで誘導した。
もちろんミアの幸せが最優先で、私たちはきっかけを作り誘導しただけだ。
(運任せではあったけど計画通りだわ。次案はちょっと弱かったし)
私は、聞き分けよく頷いた。
「では、六日後の診察はユリを──」
「忘れたのかい? ユリは明後日から十日間の休暇だよ」
「あ、そうでした! では、ドロシーかメラニーと行けばいいのかしら」
ジルベールは、賑やかな養女を微笑みながら手で制した。
「後で、ミアと決めておくよ。午後からエレナと、マダム・デイジーが来る。ドレスの最終調整だそうだ」
マダム・デイジーは最近頭角を現してきた人気デザイナー。
オルテンシア商会がいち早く囲い込んでいたので、どうにか伯爵位のアーヴェルンでもオーダーを通せたのだ。
「大舞踏会かぁ」
「おや、気乗りしない? 女の子はそういうの好きなんじゃないのかい」
ジルベールは姪の憮然とした様子を見て、吹き出した。
「だって──コルセットは苦しいし、美味しそうなお菓子がたくさんあるのに、何も食べられないんだもの」
背後に控える使用人たちの表情も、心なしか緩む。
素直で優しく、『マイペースなリリィお嬢様』は屋敷のアイドルなのだ。
◆
ユリ不在の間、私に付くのは予定どおりメラニーに決まった。
ミアが「歳の近いメラニーさんなら、十日程であればリリィ様も気分転換になるのでは」というユリの意見を参考にしたからだ。
「メラニー、暫くよろしくね」
「はい、お嬢様」
メラニーは控えめに微笑みながら礼をとった。
子うさぎのような、周囲に溶け込むようなおとなしい雰囲気。
(ほんと、人畜無害っぽい)
セレスティーナは敵だけれど、人選は恐ろしいほどに優秀だ。
「ねえ、メラニーのおうちは西の方よね?」
「ええ、リソダ港の近くです」
私は胸の前で手を組んで、メラニーを見つめた。
「私、海を見たことが無いの! ぜひお話を聞かせて!」
そうやって、私はメラニーに『少しずつ気を許し』、円満な主従関係を構築した。
「いつもは来ていただいてるけれど、今回は先生のお宅に伺うわ」
「はい、お嬢様」
私とメラニーは、ある朝馬車に乗り込んだ。
「辺境とか、遠方からいらっしゃる親戚があんなにいるなんて」
「はい、大舞踏会は参加必須ですから……」
アーヴェルンのお屋敷は客人でいっぱい。
なので今年最後の診察は『やむを得ず』カーティス医師のお屋敷。
メラニーと護衛を連れて、馬車に乗り込んだというわけだ。
──王家主催の『大舞踏会』
貴族であれば、必ず出席するものだ。
アーヴェルン家は裕福なこともあって、かなり大きな屋敷を構えているけれど、遠方から来た親戚や寄り子で客室はすべて埋まっている状況だ。
「私の付き添いとか仕事を増やしちゃって、お義父様に申し訳ないわ。使用人を臨時で増員してるのにね」
メラニーは「私どもは、旦那様とお嬢様の安全が最優先ですから」と呟いた。
「ミアが動けないから、仕方ないわね。男の子かしら? 女の子かしら。ねえメラニー、お祝いは何がいいと思う?」
「お嬢様。生まれるのはまだ三月も先ですから、ゆっくり考えましょう」
「私、孤児院からこっちに来た時からミアと一緒だったのよ。絶対自分で選びたいの」
「そうなのですね」
「そう。八歳から」
「長いお付き合いなら、自分で選びたい気持ちはわかります」
「でしょう?」
「でしたら、ユリさんに頼んでオルテンシア商会に来てもらうのはどうでしょう」
「あ、そうね! ユリってオルテンシア商会のお嬢様だったわね。すっかり忘れてたわ」
「戻ったら聞いてみましょう。きっと相談に乗ってくれますよ」
「うふふ、楽しみだわ!」




