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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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王太子との接触

王太子との接触


 私は肌寒い廊下を『一人』で歩きながら、タイミングをはかっていた。

 今日、セレスティーナは王妃様の用事で午後から王宮に向かっている。

 その情報を掴んだのは昼休みだったけれど、利用しない手はない。


 校舎を出て雪のちらつく中、ゆっくり歩く。


(そろそろ、王太子たちが校舎から寮に向かうタイミング)


 ビンゴだ、さすがヒロイン。

 いいタイミングで騎士科の攻略対象ご一行様が現れた。


「あれ、リリィ嬢?」


「珍しい、一人か」


 そう声をあげたのは宰相の息子ユーグと騎士団長の息子セイン。

 エドワール殿下は無言。


「え、あ……はい。ちょっと色々考えたくて中庭を散歩しようかと……」


 思い詰めたような表情で、返事をする。

 物語の強制力に期待するなんて、本末転倒な気もするけれど。

 チャンスがあれば、迷わず掴むのが私なのだ。

 なんだって利用させていただくわ。


「こんなに冷えた日に?」


「ああ、冷えきっているじゃないか」


 三人は私を囲み、顔を覗き込み手を取る。

 さすがヒロイン。


 冷えきってる?──そりゃそうだ。

 廊下で体が冷えきるまで待機したし、血色を良く見せる普段の口紅は落としてある。


(学園内で口紅を落とすのは、一人に見せかける時のユリとの合図)


 ユリは周囲に紛れてついてきているはずだけれど、姿は見せていない。


 エドワールが口を開いた。


「侍女はどこに──いや、まずは室内へ」


 すぐ近くに、寮の生徒が外部の来客を迎える建物がある。

 私とカーティスも、用事があれば申請後にここで歓談する。


「──外部サロンへ」


 殿下の短い指示で、使用人たちは素早く準備のために動き出す。

 震えながらサロンに到着した時点で、暖炉には火が入り、熱いお茶が侍女によって用意されていた。


「私は侍女を探して参ります」


「僕も寮に連絡を入れてくる」


 セインとユーグが慌ただしく出ていく。

 もちろん、殿下の侍女二名と小姓は背後に控えているから醜聞にはならない。


「はふ、」


 侍女にショールでくるまれた私は、熱い紅茶をひとくち。


「大丈夫だろうか? 医務室まで送った方が──」


 殿下の、少し困ったような落ち着いた声。


「だ、大丈夫です。こんな……申し訳ありません」


 殿下は表情を少し緩め、口元を綻ばせた。


「いや、それはいいんだ。リリィ嬢……供も連れず、冬の屋外でいったい何を?」


 私は思いあぐねたように口を開きかけ、下を向いて黙り、そわそわと両手を握りしめ──また、殿下に目を向けてから。

 もう一度俯いて、小声で呟いた。


「治癒がうまく行ってなくて……私はアーヴェルン、なのに」


「そうか」


「なんでだろうって考えてるうちに、こうなっちゃって」


 途切れ途切れ、思い詰めた様子で設定した事情を話す。


(時間はない。すぐにユリが迎えに来る)


 絶好の機会ではあるけれど、引っ張るのは悪手だ。

 この空間は、あくまでも偶然の産物。

 殿下の心に微細な棘を撃ち込めれば、それでいい。


「先生も……セレスティーナ様も、皆様も優しく励ましてくださるんです。『アーヴェルンの血をひいてるのですから、大丈夫ですよ』って」


「………………」


「でも全然うまく行かなくって。やっぱり『みんな』が言うように、血縁はないんじゃないかなって思うと、なんだか申し訳なくて」


 暫く沈黙のあと、殿下が口を開いた。

 耳と顔がほんのり赤く染まっている。


(あれ、これ萌えポイントあったかしら? まあ、効いてるならいいか……)


「努力がなかなか結果を伴わず、焦ることは私にもある。お互い、ままならないものだな」


「殿下、も……ですか?」


「ああ。──君は間違いなくアーヴェルン家の一員だ。貴族には必ずしも血筋が必要なわけではないし、正式な手順で貴族籍に入ったのだから」


「は、はい」


「リリィ嬢、私は──」


 タイムアップ。

 ドアがノックされ、セインに連れられたユリが現れた。


 ユリが謝罪を繰り返し、私はショールを侍女に返してお礼をいう。

 そして、取って付けたようなけなげな笑顔で殿下に挨拶をした。


「エドワール殿下、話を聞いてくださってありがとうございます!私……貴族として、もっと頑張ってみます」


「ああ、ではまたな」


 王子様との邂逅はおしまい。

 物足りないくらいが一番刺さる。


(結果は上々ね、体張った甲斐があったわ)


 ヒロインのこの補正力。

 自分が悪役令嬢だったら、本気で嫌なのがよくわかる。


(だからといって……セレスティーナのように非道なことをしていい理由には、ならないのだけど)


 私は背中に殿下の視線を感じながら、特別寮に足を向けた。


 今日は『落ち着かないリリィ』の日になる。

 そして、セレスティーナは外泊だそうでまたとないチャンスだ。


(前倒しになるけど、花冠のフェイク。この流れで一気に乗っていくべきね)


 こういう好機は逃してはいけない。


 この日の夜、『不安定なリリィ嬢』は寮から抜け出して散歩をして迷子になった。

 ちょっとした大騒ぎになったけれど──すぐに寮の北側にある小さな泉の側で倒れているところを『特別寮の護衛騎士に』発見された。


 『リリィ』は何故自分がそこにいたか、覚えていなかった上に高熱を出して数日寝込むことになった。

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