呑気なお嬢様
「リリィちゃん。おかえり、学校はどうだった?」
私の帰宅に合わせ、アーヴェルン屋敷にエレナ伯母様が来ていた。
(やっと帰れた、という気分でもないけれど)
寮にはセレスティーナ。
屋敷には彼女のスパイ、気が抜けるはずがない。
でも、暖かく出迎えられて嬉しいという気持ちはある。
私はアーヴェルンの身内のことは、案外好きなのだ。
「伯母様! 可愛いお部屋をありがとうございます。学校は思ってたより、楽しいです」
「気に入ってくれたのね、嬉しいわ。学校も順調そうで良かった。ああ、セインとトーマも来たがってたんだけど──」
セインとトーマは伯母様の息子たち。
既に成人していてカーティスの所で、研究員として雇われている。
セインお兄様の所属は聖女庁で、カーティスの研究施設に出向という形。
トーマお兄様は、カーティスに直接雇われている。
「お兄様たちにもお会いしたかったけれど、明日……カーティス先生のお屋敷に伺うのできっと会えると思います」
「そうね、時間が空いてしまったから、ちゃんと診察していただかないと」
聖女エレナは優しく微笑んだ。
黙って二人の会話に耳を傾けていた、アーヴェルン伯爵ジルベールは満足そうに呟いた。
「家族が賑やかなのは良いものだな」
「本当に!」
アーヴェルン家は平穏そのもの。
私は家族と会話を楽しんで侍女のミアとの再会を喜び、ふんわりした能天気なお嬢様のように振る舞って過ごした。
私はずっとアーヴェルン家の使用人たちに庶民派お嬢様、というイメージを刷り込んできた。
なので、比較的自由に過ごせて情報収集が捗る。
本来、私語は慎むべきメイドも『ぼんやりお嬢様』の私の前ではリラックス。
主としては失格。
本当は良くないことだけれど、こう言ってあるのだ。
『私しか居ない時は、ちょっとならお喋りしてても良いわよ。他に人がいるときはやめてね』
若いメイドたちは──格上のミアの目がないときは特に私語が増える。
今、私は読書中。
メイドたちは制服の手入れや小物の手入れ、ドレスの準備などの作業をしている。
「あ、そうそう、ここを抑えてやるときれいに伸びるわよ」
「あ、ほんとね!すごくやりやすーい」
作業に関する、ユリを含めた三人の楽しそうな雑談がひそひそと続いている。
「そう言えば」
メラニーが声を上げた。
私は黙って本に視線を落としたまま、耳を澄ませる。
「ユリさんのご実家ってオルテンシア商会なのよね?」
「そうですよ」
「良いわねえ、うちなんて貧乏騎士爵位だから持参金も怪しいのよ」
メラニーの言葉に続いたドロシーの声。
「うちも。一応子爵だけど、私は四女だから絶望的!お兄様が二人いるのよね? 婚約者とかいるの?」
なるほど、無邪気な婚活からの情報収集か。
実に自然で違和感がない。
セレスティーナの手駒のメラニーは、しっかり訓練された諜報員で、間違いない。
「ふふ、上の兄は結婚しておりますけれど。下の兄は独身ですわ。ただ、婚約者はおります」
「残念!」
メラニーが大袈裟に突っ伏して、笑いを誘っている。
ユリがちょっとだけ、釣り糸を垂らすことにしたようだ。
「持参金と言っても、私は養女なので多くはないと思いますよ」
「あら、そうなの? 雰囲気が上品だから、ご生家だとばかり──」
もう一人のメイド、ドロシーが口を挟んだ。
子爵家の四女のほう。
「ありがとうございます、養女なんですよ」
「私も知らなかったわ、言われなきゃわからないものねぇ? でもオルテンシアになら、ラッキーよね。右肩上がりの大商会ですもの」
メラニーがメイク道具の手入れを終え、きれいに並べながら言った。
ドロシーも頷きながら同意。
「どちらにしてもいい家だわ。ノワール家は」
「そうね」
話題はそうと悟られぬような巧妙さで、ユリが支配している。
メラニーは時々、手作業の合間にちらっと私の様子を窺う気配がある。
(大丈夫よメラニー。『リリィ』は本に夢中で聞いてないから)
ドロシーが制服のスカートにブラシをかけ、なんだか気落ちした様子で呟いた。
「まあ、私は働いていた方がいいかなぁ。でも、親は一生懸命相手探してるのよね。ユリさんはどうなの?養女と言っても女の子一人だし、イイ人いるんじゃないの」
「フフ」
ユリは控えめに笑い声を上げた。
「私の場合、まずお嬢様の卒業までは」
「あ、そうよね、学園専任ってお話ですものね」
「ええ、業務に慣れるまでは暫く週末もお屋敷で学ばせていただきますが、二年目からは週末帰宅も認めていただいてて」
「えーっ、一年間お休みなしぃ?」
「いえ。一年目の学園長期休暇中は、お休みさせていただくことになってます」
「あ、それで帳尻合わせるのねっ」
朗らかでお喋り好きなドロシーのお陰で、会話がどんどん進んでいく。
メラニーは時折質問を挟むが、聞き役に徹している。
(勝手に喋らせておく……その方が効率がいいものね)




