寄り道
ぽすっ。
ハンカチに包まれた小さな革袋がテーブルに置かれた。
報酬の金貨だ。
「オルテンシア……ノワール家の現状、養女になった娘の素性」
サビーヌには『おともだちに借りたハンカチを返すだけ』と言って、少々の寄り道とした。
セレスティーナの立場では、単独行動は常識的にあり得ない。
サビーヌは個室の入り口で待機させたが、中にいるのがドレス姿の女性だけだとしっかり確認させた。
いかなる場合でも、瑕疵などついてはならない。
ほんの少しの疑いを抱かせる行動もしない。
カフェの個室は前もって到着している手駒により、遮音魔道具で隠密性を高めてある。
セレスティーナは抑えた低い声で、調査事項を矢継ぎ早に指示していく。
「後は指示書に。二十三の刻に屋敷の自室に中間報告」
手駒は返されたハンカチにやや大きな声でお礼を言い、革袋と共に小さく畳まれた指示書を胸元へとしまい込んだ。
およそ二分。
完璧に組まれた短い密談は終わり、セレスティーナは何事もなかったかのようにサビーヌの元へ戻った。
馬車はすぐに走り始める。
「新しいハンカチは断られてしまったの」
「ああ、そういうわけですか。きっと大切なものだったのですね」
「ええ。わたくし……お金で買えない大切なものもあるって、今回の件で再認識致しましたわ」
セレスティーナの言葉に、サビーヌは納得したように頷いた。
馬車から降りる際、父親ではなく執事が手を差し出して来たのでセレスティーナは首を傾げた。
「…………お父様が不在?」
出迎えた執事により、ヴァレフォール公爵の不在を告げられる。
「旦那様はファピンに滞在されてます。明日の深夜にお戻りになります」
「まあ、珍しい。お父様は馬車移動はお嫌いなのに」
「いえ、アイザック号に乗って行かれましたので──」
(馬車じゃない? では仕事ではないわね……我が家はあまりファピンに縁がないというのに)
セレスティーナは両手を胸の前で合わせ、可愛らしく微笑んだ。
「あら、それはきっとアイザックも嬉しいでしょうね。走るのが大好きだもの!──でも、まさかお一人ではないのよね?」
「ええ、ちゃんと三名の護衛が」
「……そう。お父様にお会いしたかったけど、仕方ないわね」
(いったいなんの用? これも調べなくては)
セレスティーナは、全部把握しておきたい性格なのだ。
父親不在はどうでもいい、むしろ今回は好都合かもしれない。
時間が無さすぎるのだ、王妃の茶会さえなければもう少し余裕があったはずなのに。
「サビーヌ。わたくし、少し疲れたみたい。お茶も要らないわ、晩餐まで自室で休みます」
サビーヌは頭を下げ、音もなく退室した。
休んでいる暇はない。
セレスティーナは制服のまま、机に向かって指示書に着手した。
(お父様の不在理由──なぜ愛馬で? それとリリィの動向にイルマ……)
さらさらと羽ペンを走らせる。
(──あれは絶対にイルマ)
処分を指示して三年は経ってるけれど、七年ずっと一緒にいたのだ。
あの声、立ち居振る舞いを見間違うはずはない。
とん、とん、と指先が机を叩く。
「あの護衛が失敗?でも──」
報告はなかった……無いのが成功の証。
そのように命じたのだから。
セレスティーナは新たに浮かんだ可能性に気付き、息を呑んだ。
その拍子にうっかりペンに引っ掛けてインク瓶が倒れる。
自身の心のように、机に黒いシミが広がっていく。
(課金アイテムは絶対だわ。指示が解けるのはあり得ない。でも──もし処分対象が見つからなくて、指示を完遂出来なかったら……?)
セレスティーナはあの時、イルマを処分してから自害しろと命じた。
だけどイルマは生きている。
(あの護衛が生きてたら……? これも調べないと)
セレスティーナは険しい顔で、無地の便箋に視線を落とした。
イルマをリリィが連れ歩くということは、オルテンシア商会に絶対リリィに繋がる何かがある。
ノワール家とイルマの生家の関わりもつけ足さなくては。
(可能性は全部調べるわ)
セレスティーナはため息をつき、書き上げた指示書を折り畳んで引き出しに入れて鍵をかけた。
これから晩餐のために着替えなくてはいけない。
手元のベルを鳴らし、メイドにインクの後始末を命じたあとサビーヌとドレスを選ぶ。
その姿はいつもと変わりなく、良家の子女らしく可愛らしいものだった。




