顔合わせ
入学式まで、あと一週間。
私はアーヴェルン伯爵と二人で夕食をとっていた。
「急なんだけれどね、学園に連れていくメイドは違う者にしたよ」
「えっ、ミアは?」
私は動揺しているような、か細い声で答えた。
アーヴェルン伯爵は優しく『リリィ』に言い聞かせる。
「リリィ。君は養女ではあるけれど、間違いなく聖女の血筋だ」
「はい」
「何もないのが一番。だが、聖女の血は唯一無二だ。何かあったら取り返しがつかないんだよ」
背後の使用人たちは、身じろぎもしない。
「何かあったら……はい、わかりました」
素直に、でもちょっと困惑した雰囲気で俯く。
「なに、心配しなくてもいい。君の主治医の推薦だし、オルテンシア商会のご息女だ」
「まあ! あのオルテンシアの? 入学祝いに素敵な魔法杖を贈ってくださった」
「ああ、オルテンシアは魔道具が得意だからね。後で私にも見せてくれるかい?」
アーヴェルン伯爵は、目を細めて微笑んだ。
私も、何も裏などない少女のように話題に乗る。
「もちろんです! 百合のモチーフが精緻で、素晴らしいんです」
夕食後、アーヴェルン伯爵に杖を見せた時に明日の予定を知らされた。
(明日、ユリが屋敷に来て初顔合わせになる)
もちろん、上手くやって見せるわ。
◆
翌朝はあいにくの雨だった。
どんよりした空を窓から見上げて、ガラスを伝う水玉を眺める。
(おそらくここの使用人の数人は、セレスティーナの手駒のはず。油断は出来ない)
確実にわかってるのは、二年前からいるレディースメイドと二ヶ月前に雇われたハウスメイドの二人。
レディースメイドのメラニーとは関わる事が多いから、今後は特に用心が必要だ。
「浮かない顔をされて、どうされました?」
私の髪を結いながら、傍付きのミアが尋ねてきた。
「うん、学園に行くのがミアじゃないって聞いたから……」
私は不安げに答え、ドレッサーの鏡で背後を確認した。
衣類の整理やメイク道具の用意で、メラニーが近くにいて聞き耳を立てている。
(ちゃんとセレスティーナに報告してよね、メラニー)
「大丈夫ですよ、カーティス様の推薦ですし、ノワール家は信頼できるお付き合いですから」
ミアは優しくそう言った。
「わかってるの。私のためにしてくれたことだもの。でも、上手くやっていけるかしら……」
「先日お会いしましたが、ユリさんは素晴らしい侍女でしたよ。ご安心くださいませ」
「ユーリ?」
「いいえ。ユリ、ですわ。リリィ様」
私は首をかしげた。
「ユリ……変わった響きね?」
白々しいにもほどがあるが、手を抜くわけにはいかない。
私は一貫して、ずっと一緒にいてくれたミアから離れるのが不安という態度を通す。
「リリィ様、週末に帰宅すれば私がおりますし、大丈夫ですわ」
「そ、そうね。がんばるわ」
◆
午後、ミアに連れられてメイド服に身を包んだユリが私の部屋にやってきた。
出発まで、ミアと行動を共にするらしい。
「ユリと申します。リリィ様、三年間どうぞよろしくお願いいたします」
栗色だったロングヘアーをバッサリとショートボブに切り揃え、黒く染めた姿はまさに鋭さのある孤高の黒百合。
ユリは完璧な所作で、礼をとった。
「こちらこそ、よろしくね」
私も、品よく挨拶を返す。
(用事はハンドサインかあらかじめ決めてある記号だけの筆談。口からは全部演技の雑談よ)
屋敷でも、寮でも、だ。
◆
「まあ! そんな魔道具の開発が? オルテンシア商会ってすごいのね! ね、ミア」
素直な『リリィ』はすぐにユリと打ち解けた。
ミアを交え、いつも呑気なお嬢様として……:私は雑談に励んだ。
この辺の台本はカーティスの屋敷で、ユリと打ち合わせ済みだ。
「それはそうとして──リリィ様、入学にあたってちょっとおさらいをいたしましょう」
そう言うユリに、私はちょっとだけ苦手そうな雰囲気を出しつつ答える。
「ええー、また勉強なの」
背後には、メラニーを含めた数人の侍女が控えている。
「周辺国とその政情は少しおさらいが必要かと」
「むー」
ユリが広げた地図を、くちびるを尖らせながら覗き込む。
ユリが低く柔らかな声で話し始めた。
「ここはご存じの通り、私たちが住むオラトリオ王国。学園もその名を冠して聖オラトリオ王立学園になってますわね」
「そうね、ちゃんと覚えてるわ」
「では、南側のファピン共和国──」
「ここは行ってみたい。学園卒業したら、ファピンの上級魔術院に入りたいの」
私がウキウキした様子でファピンを指差すと、ユリが微笑みながら軌道修整する。
「リリィ様、今は地理と立ち位置ですわ。ファピンは完全に中立国ですから──オラトリオとも友好的です」
「そうね、そう習った。何回聞いても都市が覚えられないけど」
「北は帝国……ブライヤーですわね。こちらは軍事国家で、オラトリオとは緊張した関係が継続しております」
「でも、確か戦争は十四年前に終わってるんでしょ?今は仲がいいんじゃないの?」
「リリィ様、戦後と言ってもすぐには国民感情も回復しませんので──」
演じるのは集中力が無く、魔術以外の勉強はちょっと苦手な令嬢。
転生者ならやらなさそうな、迂闊さもポロポロと出していく。
(気が抜けるのはカーティスの屋敷だけ。私も、ユリも……)
ユリの物憂げな目線を受け取り、私は小さくため息をついた。




