復讐の黒い百合
(一度殺されかけた人を、また危険にさらす勇気が私にあるの……?)
うつむいたままの私に、イルマが跪いた。
「両親と弟はあの人に事故に見せかけて殺されました。私、見てたんです。でも、何故かその時はなんとも思わなかった……最後は、私も」
イルマの声は、激情を必死に抑えているように震えていた。
「破落戸に命令と謝礼を持っていったの、私なんです……家族を殺したあの指示を」
ポタリ。
イルマの握りしめた拳に涙が落ちた。
「疑問に思わなかったんです、全て……でも、死にかけて目覚めたら……」
なんて、なんて残酷なことをするのだろう。
自分の家族を殺す手配を本人にさせるなんて。
私は改めてセレスティーナの異常性に、戦慄した。
「なんて酷い……」
私はイルマの決意と覚悟に気持ちがぐらぐらと揺れるのを感じていた。
「私も、貴方を利用することになるんだけど、いいの?」
「はい。存分に利用してくださいませ」
ぱん、とカーティスが手を叩いた。
「リリィ、今のイルマが生きる原動力はセレスティーナに一矢報いたいって気持ちなの。──刺し違えてでもね」
「どうか、お連れください」
イルマが深々と頭を下げる。
私は吐息と共に、決意した。
「わかった。今日からあなたの名前はユリよ。家名と合わせたユリ・ノワールは異国の言葉で黒百合。花言葉は『復讐』よ」
「黒百合……復讐」
イルマが噛み締めるように呟く。
「素敵な名前です」
そうは言っても、むざむざとまた殺させるわけにはいかない。
一体、どうしたらいいのだろう?
「ねえ。私の背後には二つの豪商がいるの。だから……資金には困らないのよ」
カーティスが突然、ポツリと呟いた。
「ユリには精神干渉や悪意を防御できる最大限のアクセサリー、装備を与える。それに一度なにかアイテムを使われたせいなのか、魂の構造が精神干渉に強いの」
「そう。なら、後は他者を巻き込むという私の覚悟だけなのね」
「そういうこと」
カーティスは意地悪そうに微笑み、次の議題へ移った。
◆
「もうひとつ、爆弾があるの」
機嫌よくカーティスが話し出す。
「ヴァレフォール公爵ってね、セレスティーナが四歳の時に妻である夫人と死別してる」
「セレスティーナの実母よね?」
「そう。で、それからずっと独身だった訳なんだけど──セレスティーナが学園の寮にいる隙に、再婚してもらおうと思って」
「ええっ、再婚? お相手は?」
カーティスはニッコニコである。
いったい、どんなお相手を仕込むというんだろう。
「母と先代の間にいる子って、私だけだと思う?」
ぽかんとする私を見て、カーティスは悪戯が成功したような子供のように喜んだ。
「ふふ、六歳上の姉がいるの!その姉はね、先代王の正妻が生んだことになってて」
「と言うと、ヴィユノーク公爵家の?」
貴族名鑑を渡されたので、パラパラとめくる。
「ヴィユノーク夫人はどうしても女の子が欲しかったみたいで。現当主は長男が継いでる」
──ネリネ・ヴィユノーク(28)
ヴィユノーク公爵家末子。
「この姉も大概変人でね。ずっとファピンで魔術の研究をしてたんだけど」
変人の姉も変人か、さもありなん。
「でね? 私と姉って仲がイイの。この姉が、ヴァレフォール公爵の後添いになるわ」
「ええ!? 申し訳ないんだけど!」
焦る私を見て、カーティスは笑いだして顔の前で指を振った。
「歳が歳だから、数年前から結婚しろって圧力凄いらしくて。もちろん、大量に来てる釣書にはヴァレフォール公爵の名前もあるワケ」
「でもなんで、わざわざ後添いに?」
「チョロッと事情話したら、面白そう! ってノリノリになっちゃって。姉自体は昔からヴァレフォール公爵を知ってるらしくて、素敵な方だって言ってたわよ?」
私は暫し考え込み、ゆっくり言葉を紡いだ。
「ネリネ様が、不本意でないのなら──ものすごい爆弾になるよね?」
「そうね。ノワールにも弟妹が五人いるの。フルールの血筋って、多産なのよ」
「多産……一人娘設定が、崩せると」
カーティスは頬杖をつき、貴族名鑑に目を落とした。
「ヴァレフォールにも、弟妹がいっぱい産まれれば楽しいわね。姉は産む気満々よ」




