侍女の差し替え
入学まで、あと数ヶ月。
今日はカーティスの屋敷に大事な打ち合わせをしに来ている。
しばらく当たり障りの無い雑談が続く。
「うちの母はね『フルール商会』の娘だったの」
カーティスが、話題を変え淡々と話しだした。
少しうつむいた顔に影がさす。
(大陸をこえて手広くやってる豪商、ね)
「そういう話だったわね」
「先代の王とはね、学園のおともだちだったの。今の王様が成人するまでの間、繋ぎで王位にいた人」
「あー、王位⎯⎯先々代王から王弟、今の王様の成人で王位を譲った……だっけ?」
「そうそう、良くできました。母とは事情があって結婚はしなかったんだけど⎯⎯認知はされてるわ。でも婚外子だから私は平民なの」
「うん」
「その後、母は縁あって『ノワール男爵家』に嫁いでる」
私はノートを開き、呟いた。
「ノワール家はオルテンシア商会ね? ここも相当な大商会よね」
「そう。あちらの男爵と私は縁組してないけど、仲はいいの。で、本題なんだけど」
「うん?」
「イルマをノワール家の養女にするわ」
「意図は?」
カーティスが平民らしからぬ華やかな微笑みを浮かべた。
「学園は全寮制。高位貴族は一名、付き添い侍女を連れていける」
「あ、私の付き添いか」
「凍死しそうだったあの夜からずっとね、元々侍女としては及第点だったイルマに戦闘訓練と医学を叩き込んである」
「戦闘……?」
「聖女候補の付き添いとして、アーヴェルンに推薦できるレベルで仕上げてあるわ」
私はノートを閉じ、膝を揃え直した。
なるほど、その手があったか……。
「ノワール……黒、ね。なら⎯⎯新しい名前は百合が良いわ。そうね……ストレートにユリなんてどう?」
「ユリ・ノワール?響きは悪くない。でもユリってあんまり聞かない名前ね」
「ふふ、もとの世界で百合って意味。ノワールは黒。あっちの世界ではね、黒百合の花言葉は『復讐』なの」
それに、と私は続けた。
「前世の単語が出てきたら、セレスティーナはどう思うかしらね?」
カーティスが手を叩いてケラケラ笑い始めた。
「良いわね! 最ッ高じゃないの! 早速手続きしちゃいましょう」
「イルマはそれでいいのかしら」
「もちろんよ、やる気に満ち溢れてるわ」
カーティスとの打ち合わせで、学園に付き添う『リリィ』の侍女は『ユリ』に決まった。
予定ではカーティスの屋敷から付いてくれている侍女、ミアを帯同するつもりだった。
ただ、上手くやれば『ユリ』をねじ込める。
「どうやるの?」
「主治医の推薦で、ユリを推すの。医療に造詣が深く毒物にも明るく、護衛にもなる侍女としてね」
「身分も申し分ない、と。私が何故か処分したはずの駒を連れている⎯⎯初撃でセレスティーナを揺さぶれるってわけね」
「調べられても『カーティス』がねじ込んだ、までしかわからないようにやるわよ」
私は頷いた。
(なるほど⎯⎯『リリィ』は転生者じゃない顔を続けられる、と)
「私の態度としては、直前で『お父様』に知らないメイドに差し替えられちゃって困惑してるって感じね」
「そうそう! 私と伯爵で決めちゃう方向で、『リリィ』は付き添いがミアじゃなくて困惑ってのが良いわね」
控えめなノックと共にイルマが現れ、丁寧な礼をとった。
「イルマ……」
「リリィ様」
「イルマ、ほんとにいいの? すごく危険なことになるけど」
以前見たときは痩せこけていたイルマだったが、今は頬がふっくらとして健康そうだ。
「私が志願したんです。覚悟は出来ております。やらせてください、リリィ様」
イルマは深く深く礼をした。
「でも……」
私にはまだ少しの躊躇いがあった。
生き残るためなんでもやるつもりだったけれど、イルマを見たらセレスティーナは黙ってはいないだろう。
また危害を加える可能性がある。
より巧妙に、より残酷に。
(自分の都合で、イルマを巻き込んでいいの?)
私は俯いて自分の小さく無力な手を眺めた。
(それをしてしまったら、私はイルマにセレスティーナと同じような酷いことをする事になる気がする……)
確かにイルマがついて来てくれたら、都合がいい。
だけど、それを頼むのは私だけの都合。
せっかく助かったのに、彼女にまた危険なことをさせるのは ……。




