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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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無邪気な白百合


「まあ、光栄ですわ。……でも、リリィ様は観客でいらっしゃるの?」


 セレスティーナの穏やかな声に、周囲も和んだ空気を漂わせる。 


「そんな! 私なんて、通りすがりの庶民の──通行人Aですよ」


 暫しの沈黙。


 そして会場は、わっと笑いに包まれた。


「でも、こんな可愛い通行人Aがいたら、舞台そのものが持ってかれるよねぇ?」


 レオニスが笑い、ウインクする。


「……否定できんな」


「……確かに、目を引く」


 周囲の笑いと共に、視線がリリィへと集まりはじめる。


「やだぁ、そんなことないです! 私は雑草ですから」


 アレクシスが笑い出す。


「雑草より白百合だな、アーヴェルンの象徴のように」


「褒めすぎですよぅ!」


「白百合──まさに」


 王太子が呟いた。

 セレスティーナの顔から、一瞬血の気が引く。


(──っ!)


 エドワールの視線は、そちらへ向いていた。

 その目はまるで初めて恋を見た少年のように、惚けていた。


 セレスティーナの指先に力がこもる。


(……通行人、ですって?)


 セレスティーナは自分を落ち着かせ、完璧な笑顔を浮かべて軽やかに場の主導権を取り戻す。


「皆さま、今日はお忙しい中、お時間をいただき光栄ですわ。こちらの紅茶、王室御用達の新作ですの。……ぜひ感想を聞かせてくださいませ」


 花が咲くような微笑み。

 視線は再び大輪のバラのような『女王』セレスティーナへと戻っていく。

 リリィは、軽く会釈して黙ったがその沈黙すら愛らしい。


 私は争う気はありませんという、実に殊勝な態度だ。


 ──王太子は解散までずっと『リリィ』から視線を外せないでいた。

 ここはセレスティーナ・ヴァレフォールの完璧な舞台のはずだった。

 けれど、ほんの少しのほころびが水を差した。



 なぜ、あの娘なの。

 どうして、よりにもよって──あんな完璧なヒロインの姿をしているの。


 桃色の髪に、透きとおるような翠の瞳。

 どこか浮世離れした雰囲気をまとっていながら、振る舞いは庶民的。

 媚びてもいない気取ってもいない、なのに目を惹く。


 あれは計算されているの?


(──わたくしの世界よ? どうして、そんな)


 胸が焼けるように熱くなる。

 誰よりも美しくあろうと努力してきたこのわたくしより、ただそこに立っているだけのあの娘のほうが、視線をさらっていくなんて。


──許せない。


 感情で動いてはだめ。

 わたくしは常に勝者として、ふるまうべきなのだから。


(これは──想定より少し早いだけ)


 本来、彼女が目立つのは入学後の王立学院からだった。

 それなのに、今あんな形で注目を浴びるなんて。


 (いいえ、ゲーム通りならば──そもそもこのお茶会にだって呼ばれてはいないはず)

 

 どうして?

 わたくしが、先じて誘拐を試みたから世界が違う方にいったとでもいうの?


 だとしても、潰せるうちに潰すだけですわ。

 だって彼女の役割は、この世界にはもう無いのだから。


(これからますます邪魔になる──)


 もう手は打ってある。

 今回は失敗に終わったけれど、次はもっと完璧に。


 顔も良くて性格もよく見えて、言葉遣いも品がある。

 でも、裏を返せばリリィ・アーヴェルンは完璧すぎる。


 (陰謀で作られた令嬢──そう思わせるのは簡単よ)


 そう、今度はもっと自然にもっと残酷に。

 誰にも疑われない形で、舞台から消してあげる。


(頭脳戦で、このわたくしに勝てるとは思わないことね)



 私、リリィ・アーヴェルンは寝る前に自室でホットミルクを飲んでいた。


 茶会は思っていた以上に収穫があった。

 予想外の視線、予想以上の波紋、予期していたものとは微妙に異なる展開。


 本来なら攻略対象との物語は入学後から始まるはず。

 入学と同時に、予定された運命が動き出すはずだった。


「まあ、とっくにめちゃくちゃになってるけどね」


 ゲームは、すでに始まっていたのだ。

 ──五歳からね。


 王太子殿下の視線が、明らかに私に向いていた。


(全くときめかない。私はリリィという名前ではあるけど、やはりヒロインそのものではない)


 セレスティーナ・ヴァレフォールの顔が、わずかに引き攣っていた。

 物語は、もう「理想的な初期配置」を失っている。


 焦っているのは彼女のほう。

 私は、ただ自分の立ち位置を確認しただけ。

 この世界のシナリオが、どうなっていくのか。


(──やれる)


 私の切り札は、まだある。

 原作にもゲームにも出てこなかった、私ですら驚いた本当に未知の要素。


『二人のお兄様』だ。


 聖女エレナの息子であり、私の従兄弟。

 彼らはカーティスに傾倒し、一緒に魂の研究をするようになっていた。

 カーティスが彼らは信用出来ると見なしたので、おおよその事情を明かしてある。


『想定外の人物、出来事』

これはセレスティーナが一番嫌がるパターン。


(死ぬ気で働いてた考察班を、なめてもらっちゃ困るわ)


「策士策に溺れる、よ」


 私も気をつけないといけない。

 あちらには、権力と信用があるのだから。


 

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