無邪気な白百合
「まあ、光栄ですわ。……でも、リリィ様は観客でいらっしゃるの?」
セレスティーナの穏やかな声に、周囲も和んだ空気を漂わせる。
「そんな! 私なんて、通りすがりの庶民の──通行人Aですよ」
暫しの沈黙。
そして会場は、わっと笑いに包まれた。
「でも、こんな可愛い通行人Aがいたら、舞台そのものが持ってかれるよねぇ?」
レオニスが笑い、ウインクする。
「……否定できんな」
「……確かに、目を引く」
周囲の笑いと共に、視線がリリィへと集まりはじめる。
「やだぁ、そんなことないです! 私は雑草ですから」
アレクシスが笑い出す。
「雑草より白百合だな、アーヴェルンの象徴のように」
「褒めすぎですよぅ!」
「白百合──まさに」
王太子が呟いた。
セレスティーナの顔から、一瞬血の気が引く。
(──っ!)
エドワールの視線は、そちらへ向いていた。
その目はまるで初めて恋を見た少年のように、惚けていた。
セレスティーナの指先に力がこもる。
(……通行人、ですって?)
セレスティーナは自分を落ち着かせ、完璧な笑顔を浮かべて軽やかに場の主導権を取り戻す。
「皆さま、今日はお忙しい中、お時間をいただき光栄ですわ。こちらの紅茶、王室御用達の新作ですの。……ぜひ感想を聞かせてくださいませ」
花が咲くような微笑み。
視線は再び大輪のバラのような『女王』セレスティーナへと戻っていく。
リリィは、軽く会釈して黙ったがその沈黙すら愛らしい。
私は争う気はありませんという、実に殊勝な態度だ。
──王太子は解散までずっと『リリィ』から視線を外せないでいた。
ここはセレスティーナ・ヴァレフォールの完璧な舞台のはずだった。
けれど、ほんの少しのほころびが水を差した。
◆
なぜ、あの娘なの。
どうして、よりにもよって──あんな完璧なヒロインの姿をしているの。
桃色の髪に、透きとおるような翠の瞳。
どこか浮世離れした雰囲気をまとっていながら、振る舞いは庶民的。
媚びてもいない気取ってもいない、なのに目を惹く。
あれは計算されているの?
(──わたくしの世界よ? どうして、そんな)
胸が焼けるように熱くなる。
誰よりも美しくあろうと努力してきたこのわたくしより、ただそこに立っているだけのあの娘のほうが、視線をさらっていくなんて。
──許せない。
感情で動いてはだめ。
わたくしは常に勝者として、ふるまうべきなのだから。
(これは──想定より少し早いだけ)
本来、彼女が目立つのは入学後の王立学院からだった。
それなのに、今あんな形で注目を浴びるなんて。
(いいえ、ゲーム通りならば──そもそもこのお茶会にだって呼ばれてはいないはず)
どうして?
わたくしが、先じて誘拐を試みたから世界が違う方にいったとでもいうの?
だとしても、潰せるうちに潰すだけですわ。
だって彼女の役割は、この世界にはもう無いのだから。
(これからますます邪魔になる──)
もう手は打ってある。
今回は失敗に終わったけれど、次はもっと完璧に。
顔も良くて性格もよく見えて、言葉遣いも品がある。
でも、裏を返せばリリィ・アーヴェルンは完璧すぎる。
(陰謀で作られた令嬢──そう思わせるのは簡単よ)
そう、今度はもっと自然にもっと残酷に。
誰にも疑われない形で、舞台から消してあげる。
(頭脳戦で、このわたくしに勝てるとは思わないことね)
◆
私、リリィ・アーヴェルンは寝る前に自室でホットミルクを飲んでいた。
茶会は思っていた以上に収穫があった。
予想外の視線、予想以上の波紋、予期していたものとは微妙に異なる展開。
本来なら攻略対象との物語は入学後から始まるはず。
入学と同時に、予定された運命が動き出すはずだった。
「まあ、とっくにめちゃくちゃになってるけどね」
ゲームは、すでに始まっていたのだ。
──五歳からね。
王太子殿下の視線が、明らかに私に向いていた。
(全くときめかない。私はリリィという名前ではあるけど、やはりヒロインそのものではない)
セレスティーナ・ヴァレフォールの顔が、わずかに引き攣っていた。
物語は、もう「理想的な初期配置」を失っている。
焦っているのは彼女のほう。
私は、ただ自分の立ち位置を確認しただけ。
この世界のシナリオが、どうなっていくのか。
(──やれる)
私の切り札は、まだある。
原作にもゲームにも出てこなかった、私ですら驚いた本当に未知の要素。
『二人のお兄様』だ。
聖女エレナの息子であり、私の従兄弟。
彼らはカーティスに傾倒し、一緒に魂の研究をするようになっていた。
カーティスが彼らは信用出来ると見なしたので、おおよその事情を明かしてある。
『想定外の人物、出来事』
これはセレスティーナが一番嫌がるパターン。
(死ぬ気で働いてた考察班を、なめてもらっちゃ困るわ)
「策士策に溺れる、よ」
私も気をつけないといけない。
あちらには、権力と信用があるのだから。




