王太子のお茶会
「セレスティーナは先手必勝タイプよね、なまじ知識があるだけに。効果が切れたらどうなるかわからない人間……そりゃ消すわよねぇ」
呆れた声音のカーティスが大げさに首を振った。
「待って。それをセレスティーナが使っていたと言うことは……期限切れが三年前だとするとゲーム開始は八歳ではなく五歳?」
私と同時期に、記憶が戻っていたと?
「そもそも何であなたはアイテムを持ってないのかしら」
もちろん、それは私も疑問だった。
一応心当たりはある。
「私は、自腹でプレイしてないの。アカウントは会社の物で、経費で検証してたからかも。もしくは……ここが悪役令嬢モードの世界だから、か」
「個人所持じゃなかったってのが、説得力あるわね」
「うん。どっちにしても、イルマを確保できたのは僥倖よね」
私はぐったりとソファーに身を預けた。
「彼女を助けたのは、あなたを守る準備でもあったのよ」
カーティスが淡々と言葉にした。
ゲームの世界……でもみんな生きている。
セレスティーナは、どう思っているのだろう?
私は力なく呟いた。
「そうね……ありがとう」
◆
王太子・エドワール主催のお茶会──
その場に招かれたのは高位の貴族子女たちだ。
もちろん乙女ゲームにおける攻略対象たちも。
宰相の息子・ユーグ。
騎士団長の息子・セイン。
天才魔術師・アレクシス。
中立国の王子・レオニス。
そして、主催者である王太子・エドワール。
錚々たるメンバーのその中央に、セレスティーナ・ヴァレフォールが座っていた。
銀糸のような髪を風に揺らし、微笑みをたたえたその姿は非の打ち所がない。
まさに次期王妃にふさわしい立ち居振る舞い。
「治癒魔法の素質があると伺いましたよ、セレスティーナ様」
ユーグが紅茶を口にしながら、ふと切り出す。
「ええ。お恥ずかしながら──幼い頃より、ときおり兆しのようなものがございましたの」
「では、やはり聖女科に進まれると?」
レオニスが身を乗り出す。
「……そのように勧めていただけるのなら。王国に微力ながら尽くせるのなら、私でよければ喜んで」
──完璧な回答。
しっとりと控えめに笑いながら、視線を王太子へと流す。
エドワールの頬がわずかに染まった。
「聖女科は、君を歓迎するはずだ。僕も、君の選択を誇りに思うよ」
これが正解回答だとセレスティーナは知っている。
知っていて、フラグを丁寧に踏んでいる。
そして、次に必要なのは配慮。
この会場に攻略対象たちの婚約者たちも来ている。
だがセレスティーナの完全プレイには邪魔なので、あえて席は離してある。
そんな彼女たちへの気遣いをセレスティーナは忘れていなかった。
席に着く前に、しっかりと贈り物の約束や賛辞で根回しは済んでいる。
「ああ、アレクシス様のご許婚候補──マルグリット嬢には、先日お目にかかりましたわ。とても聡明で、美しい方。ご一緒に学園へ通えるのが、楽しみですわ」
「セイン様のご婚約者、ロザリー様も素敵な方でした。優雅で……まるで古典詩の中の淑女のよう」
攻略キャラにはその婚約者たちへの敵意ではなく、あくまで称賛を伝える。
同じ女性同士としての共感と表面上の好意。
そう思わせることで、公明正大な未来の国母を示す。
(攻略対象に誤解を与えるくらいなら、許容範囲ですわ。……一線を越えさえしなければ、私の責任にはなりませんもの)
王子たちがセレスティーナに好感を抱くのは、彼女のせいではない。
間合いを操作し言葉を選び、沈黙すら味方につける。
(──相手が勝手に惚れるのは、わたくしの罪ではなくてよ)
「セレスティーナ、君と話すと未来が明るく思える」
エドワールが微笑む。
「まぁ。……過分な評価は困ってしまいますわ、エドワール様」
次期王妃は、誰よりも信頼されるべき存在。
そうあるための言葉と振る舞いを、彼女は欠かさなかった。
すべては予定通り、この場は完璧に掌握した。
そう思っていたその時。
「劇みたいですね! お姫様と王子様の舞台のようで、なんて華やかなんでしょう!」
後方の席から響いた、少女の無邪気な声。
その声に、全員が一瞬だけ振り向いた。
セレスティーナも、軽く微笑んでそちらを見る。
──リリィ・アーヴェルン。
「劇?」
ユーグがリリィに尋ねる。
「ええ、美しい絵本みたいで。セレスティーナ様のお美しさなんて、舞台照明が要らないくらい!」
セレスティーナはリリィのズレた発言にも動揺を見せず、にっこりと笑った。




