イルマ
私たちはその後、治療のためと称して伯爵家からカーティスの屋敷に移動した。
「あの人、治癒魔法を手に入れてるはず。花冠イベントを先に踏んでるし」
「おっかないわねえ、あの子」
「どのルートも、取れるものは全部取っていってるみたい。でも、それが躓いたら一気に崩せるから──その隙を突くしかない」
ノートを閉じ、私はわざと気取って言った。
「だから私は逃げない」
「……ふふ、ほんっとに負けず嫌い。あたし、そういう女の子、好きよ」
そこへ紅茶を運んできたのは、見慣れない若い侍女だった。
所作は丁寧だし、品もいい。
表情は穏やかだけど、少し私に怯えているように見える。
私は退出していくメイドをそっと目で追いながら、疑問をぶつけた。
「……新しい侍女さん? 珍しいね。カーティスが人を増やすなんて」
「ふふ。ちょっと事情があってね。──あの子、イルマっていうの」
「イルマ……?」
「以前は、セレスティーナの傍付きだったのよ。起床から就寝まで、ずっと一緒のね」
「うーん、学園についてきてアレコレやらかす傍つきの侍女はマイアって名前だったよ?」
「イルマは身寄りがないから家で保護してるの。でも──マイアというメイドが実在しているかどうか、調べる価値はあるわね」
「身寄りって? 高位貴族の侍女って貴族の子女なんじゃないの、普通」
「そうよ? 良く学んでるわね。イルマは元子爵令嬢なの。侍女になってからすぐ、実家が事故で全滅」
「その事故って……」
私の声は先ほどの決心とは裏腹に、少しだけ震えた。
手にしたティーカップも波立っている。
カーティスはかすかに頷いた。
「明らかに人為的な事故だった。おそらくイルマを捨て駒にするための、ね」
「…………」
「イルマの仕事は……影への課金アイテムの受け渡しや指示の伝達。セレスティーナの裏の顔、つまり五歳の頃から続いていたあの子の悪事の証人」
私の喉が、思わずごくりと鳴る。
「でも……何故? 重用してたんじゃないの?」
「そう。だからこそ切り捨てられたの。元々そのつもりだったか、もう必要ないと判断したんじゃない?」
「…………」
「花冠イベントの夜ね、イルマを森に連れ出す理由としてちょうどよかったんじゃないかしら?」
私は、紅茶のカップを置いた。
「……危ないところで助かったんだね、イルマ」
「ええ。うちの駒が凍えかけてた彼女を見つけたの。意識も朦朧としてて、凍死寸前だった。あと少し遅れてたら、間に合わなかった」
下唇を噛みしめ、聞かなければいけない事を聞く。
「でも──記憶は?」
「思考誘導の残滓はあったんだけど──記憶は正常。捏造の気配もない」
私は立ち上がり、廊下の向こうに消えていくイルマをもう一度眺めた。
「何故、正常?」
「仮定だけど、侍女は公の場所にも付き従うでしょ?様子がおかしいと、噂になっちゃうから強いアイテムは使えなかったんじゃないかしら」
「元々始末する予定だったから……?」
私はまだ清書してない走り書きのメモから、課金アイテムについて確認した。
「悪役令嬢モード専用の課金アイテムは本当に高かったんだけど、アカウントが一回だけ買える安い初心者応援パック……期限つきの制約アイテムがあるにはあるのよ」
「安価な初心者アイテムセット……つまり課金アイテムより使えないアイテム?」
カーティスは難しい顔で、考え込む。
「いえ、破格。サービスだから」
「ふうん?」
「『七の誓い』……ゲーム開始からゲーム時間で七ヶ月七日目まで使用可能。本来の目的はサポートキャラの指名権」
「魂には干渉しない?」
「わからない。効果は言うことを聞かせるんじゃなくて、絶対的味方になる感じ。効能期限は使用した日から七年七ヶ月七日」
「今まで見てきた限り、課金アイテムは魂を壊してるけれど……」
「初心者応援パックは特殊なアイテムなのよ」
「五歳時点で七の誓いとやらを利用したとしたら──セレスティーナが十二歳か十三歳時点で、効果が切れる」
「始末の時期と重なるわね。十中八九、ビンゴだと思うわ」
「十五で始まって十八で終わるゲームだから、七の誓いは効果永久アイテム扱いだったけど、説明では期限があるから──」
「セレスティーナの性格なら用心して抹殺もあり得ると?」
カーティスの言葉に、私は頷いた。
「ゲーム内では立証しようの無い期限。つまり、未知」
成金趣味な部屋に、沈黙が流れる。
カーティスの指先が立てるコツコツという音が大きく響く。
(間違いなくセレスティーナは不確定要素を嫌っている……)




