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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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小さな棘

小さな棘

 それから数日が過ぎた。

 セレスティーナのもとには何の報告も届かなかった。

 届いたら逆にトラブルということで、なにもないのは順調な証拠だ。


 あの護衛は、死体を処理してから自害せよという命令を与えた。

 彼は課金アイテムによる思考拘束下にあったので、命令は絶対に実行される。

 それ以外の可能性は、ない。


 操作系アイテムのデメリットは同じ人物に使えるのは一回だけ、という事くらいだ。

 強力ゆえの制約、とセレスティーナは割りきっている。

 イルマは少々もったいない気はしていたけれど、ちがう操作アイテムでの上書きは不可能だったから仕方がない。


(もしも、命令が完遂されていなければ──何かしら、動きがあるはず)

 

(でも、今のところ街に騒ぎもなく、私の情報網にも、何も上がっていない)


 つまり、すべて予定通り。

 何も起きないことこそが、正しく処理された証拠だ。


「万事順調、ですわ」


 セレスティーナは誰もいない部屋で、鏡の中の完璧な自分に向かって微笑む。

 失敗するはずはないのだ、充分に検討し準備もしたのだから。

 懸念はただ一つ、ヒロインの存在だけだ。


 ──時々、茶会で顔を合わせる程度のリリィ・アーヴェルン。

 芸術品の人形のように整ったセレスティーナとは、また違う雰囲気に仕上がっている。

 いくらつついても、掴みどころのないフワフワとした言葉しか返ってこない。

 

 (本当に厄介極まりないわ)

 

 孤立させようにも、彼女の周囲に置かれるのは中立派の子女ばかりで迂闊に手を出せない。

 

 (親たちの目が届く場所で下手なことは出来ない。学園にさえ入れば、もっと動けるのに……)


 セレスティーナはかすかに眉間に皺を寄せ、考え込んだ。

 

(ヒロインが貴族籍になるのは、本来なら入学後。なのに、何故かアーヴェルンにいる……)


 何故、アーヴェルンなのか。

 ゲームでは現聖女の姪だなんて設定は無かったのに、だ。


「お膳立てされた養子縁組だとしたら、いったい誰が?」


 そういう噂もある。

 本当は瞳の色が似ているだけの他人なのではないか、と。


 (あの家にリリィを入れたかった人物がいるはず。利害関係のある家を洗い直さなくちゃ)

 

 ヒロインらしい天真爛漫さ。

 あれは計算されているのか、素のリリィなのか。

 

 小さな社交界の女王であるセレスティーナを差し置いて、リリィの元に群がる子息も出てきている。

 その庶民的な素直さが珍しいのだろう、忌々しいことに。

 

 セレスティーナは私室を歩き回り、頭の中を整理していく。


 窓際の大きな花瓶には深紅の薔薇が飾られている。

 王太子からの贈り物だ。

 彼はセレスティーナが社交界の女王になるために必要な人。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 (敬意はあるわ、もちろん)


 誰かに問われれば、迷わず愛していると答える。

 それが最適解だから。


 (政略ってそういうものでしょう?)


 ヒロインモードの真実の愛なんて、何の役にも立たないわ。

 周囲からどう扱われるかが一番大事なのだ。


 この世界が今の自分にとっての現実なのはわかっている。

 前世の自分は病に倒れ、誰にも言わず一人で戦って……最後は自ら緩和病棟に入った。

 そこで死んだのは記憶にないが、間違いない。

 ならば今生きているこの世界が、揺るぎなく現実だ。


 自らを重ねて見るほどにゲームの中の悪役令嬢は孤高の女王だった。

 セレスティーナは、自分がセレスティーナとして転生を果たしたのは必然だったと考えている。


 (わたくし以上にセレスティーナとしてふさわしい人間はいないわ)


 では、リリィは?


「アレは……」


 前世の知識持ち主ならば、もっとうまく立ち回っているはずだ。

 だが、詰めが甘すぎる。

 やはりあのヒロインは傀儡のように思える。

 カーティスが背後にいるのは間違いない。


 (少々変更は必要になったけれど、流れはわたくしの想定通り……)


 些細な違和感は潰すように心掛けているし、目も光らせている。

 けれど、リリィの顔を思い出すたびに心がざわつく。


「そう、カーティスですわ。彼が何故、この時期に屋敷から出歩いているのか……」


 本腰でカーティスを調べ上げなくてはならない。

 セレスティーナは睫毛を伏せ、ペンに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

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