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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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残酷な大輪の薔薇

残酷な大輪の薔薇

「完璧」


 セレスティーナは囁いた。

 

 ゲーム構造的に、聖女と悪役令嬢は並立しない。

 そこはプレイ中、何度も試したから確定だ。

 自分が治癒魔法を入手した以上、リリィの聖女ルートは構造的に発生しないことになる。


「やっぱり、わたくしは完璧」


 もう一度くるりと一回転し、スカートの裾をふわりと舞わせる。

 それを軽く押さえて椅子に腰を下ろすと、ドアの外に控えていた気配に声をかけた。


「──入っていいわ」


 音もなく入ってきたのは、さっきの護衛だった。

 無表情、無反応だが命令には従う。

 課金アイテムによる思考拘束は、忠誠心よりも確実。

 死を恐れず、躊躇せず、感情の一切を介さず、ただ命令に従う駒になる。


「もう、お役目は終わりよ」


椅子に座ったまま、視線を合わせない。


「泉のそばで倒れたイルマを、始末して。ああ、カップもね」


「死体は処理して、跡が残らないようにね……それから、王都を出てひっそり自害なさい。──戻らなくていいわ」


 わずかに顎を引き、頷く男。

 音もなく護衛はその場を去っていった。


 セレスティーナは、誰もいなくなった室内で鏡の前にもう一度立った。


 ドレスに汚れはないし、髪も乱れていない。

 自分が一滴の血も流さずに敵の芽を摘み取ったことに、深い満足感があった。


 その場で『殺しなさい』と命じなかったのは自分のドレスが汚れるからという単純な理由からだった。

 鏡の前で、年相応にそっと微笑む。


「きれいでしょ? すごーく……スマートじゃない?」


 無邪気な少女を装ったその声を聞く者は、もう誰もいなかった。



 泉のほとりには、まだ霧が残っていた。

 先ほどまでいた者たちの気配は、すっかり霧散している。

 月は高く、夜は更けて益々冷え込む時間だ。


 その静寂を破ったのは、雪を踏む音だった。

 足音はひとつ。

 軽くもなく重くもない、規則正しい歩調。

 黒いフードの人物が、闇の中から滲むように姿を現す。


 彼は倒れたメイドを見つけると、ため息混じりに頭を掻いた。


「……まったく。カーティス様も人使いが荒い」


 メイドの傍に膝をつき、嫌そうな顔をした男がぼやく。


「薬物による昏倒……予測通り、か。よかった、死んではいない」


 周囲を見渡すと引き返した足跡は二つ。

 つい今しがたまでいた者たちが、去ったばかりであることが読み取れる。


「ヴァレフォールのご令嬢。──随分と残酷な」


 その声には明らかな皮肉が混じっていた。

 男はメイドを肩に担ぐと、再び霧の中へと消えていった。

 

 泉の中央に浮かんでいた花冠は、もうない。

 だが、男とメイドを見送るように水面だけが静かに揺れていた。

 

 日の出前の街道沿いの、とある街の境界門近くで一人の男がうろついていた。

 装備は一見して傭兵風──だが、焦点が合わぬ目で問いかけても反応がない。

 目は虚ろで、口元はかすかに動いている。


「……始末、しなければ。……命令は……処理して、それから……」


 意味不明な言葉を繰り返す男に、早朝警邏に出ていた自治隊が対応にあたる。


「おい、おまえ──……って、なにこの目つき……」

「これ、ヤバい奴じゃないか? 貴族の持ち駒じゃないのか?」


 街の駐屯所に運び込まれた後も、男は同じ言葉を繰り返すだけだった。

 名前を聞いても答えず、身元証明も所持していない。

 ただ、「始末しなければ」「見つからない」「命令未完了」とうわごとのように繰り返すだけ。


 当初は拘束のうえで尋問も検討されたが──


「下手に詮索して、貴族案件だったらヤバい」

「仮に処分して、後でうちの人間でしたって来たら責任問題」

「なら……黙って収容が一番だ」


 会議の結果、男は精神異常者として療養所送りとされた。

 公式記録上は「早朝に錯乱状態で発見された身元不明者」

 問い合わせが来たときだけ情報開示する扱いにし、現在は隔離療養中という扱いで処理された。


 腐った自治組織が選ぶ、面倒を避けるやり口。

 男は命令未完了のまま、誰にも知られず、記録の外に消えた。


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