手紙
手紙
助けられるのかという私の声にカーティスは振り返った。
「体は無事。でも、魂のほうは……ね」
言葉を選びながら、ゆっくり説明が再開された。
「この状態から無理に引き戻すと、命令しか知らない魂が、元の人格に戻ろうとする。でも──自分の本当の顔を忘れてるから、空っぽになる可能性が高い」
「じゃあ、この人……もうこの人ではいられない?」
「そうね。壊れかけの命令装置ってとこかしら。課金アイテムって恐ろしいわね」
私は黙って男を見下ろした。
自分を殺すために動いていた人間。
でも今は、なにもわからないまま、ただ漂っているだけ。
「利用するしかないわね」
「利用?」
「この人が壊れたってことを、セレスティーナに気づかせるの。捕まってる──って伝わるように」
「つまり、リリィ本人は無力。けれど後ろに何かいると、彼女に思わせる?」
「うん。わたしがただの子供に見えるなら、それがいちばん都合がいい」
カーティスは、皮肉気に唇をゆがめた。
「転生者じゃなくて、傀儡に見せかける。あの子の疑念を逆手に取るわけね」
「そう。セレスティーナは疑心暗鬼になるはず」
私は一歩、結界に近づいた。
光に照らされた男の目は、虚ろで何も映していない。
「彼女……わたしのことを敵だと思ってるけど、転生者だと断定はまだしてない」
カーティスは、指を鳴らして術式の一部を閉じた。
「悪くないわ、逆手に取るわけね」
「だって……後攻だからね。策を弄するしか出来ないもの」
◆
──数日後の午後。
ヴァレフォール公爵家の回廊では、いつものように使用人たちが忙しく行き来している。
その一角にあるセレスティーナ用の書簡受けに一通の『お手紙』が入っていた。
白い封筒で差出人の名は書かれていない。
花びらの模様があしらわれた安物の便箋に、歪な丸い文字が並んでいる。
《セレスティーナさまへ
わたしは、あなたのことをしっています
あのよるのことも、おとこのひとたちがはなしてたことも、ぜんぶきこえていました
あのこがいなくなったのは、よくないことでした
でも、これでもうおしまいにしてください》
最後の一文には、震えたような字でこう綴られていた。
《これいじょう さがさないで
おねがいしますz》
「……これ、どこから?」
応接間で紅茶を受け取った直後、手渡された便箋。
侍女は「書簡受けにまぎれていた」と報告したが、外部から届けられた記録はない。
筆跡は拙く、どう見ても無学な子供の字。
文面も稚拙で不気味なほど素朴だった。
(あの夜。男たちが話していたこと。つまり、誘拐計画のこと──?)
彼女の胸の奥に、ざらついたものが広がった。
(この子供のふりをした手紙、誰が書いた?)
──リリィ?
しかし、リリィの話し方や文体は、この手紙とはかけ離れている。
仮に本人が書いたとしても、演技として拙くするには、かなり周到な技術が必要だ。
さらに、彼女が屋敷内の書簡箱に手紙を入れられる訳がない。
調べによると、リリィは教育が遅れているので色々な学びのスケジュールが詰め込まれている。
馬車で二十分もかかるここに、本人が来れるはずがないのだ。
(それとも……リリィの背後にいる誰か?)
仮面の奥で、セレスティーナの思考が回転する。
手紙は「知っている」ように書かれている。
──言葉の一つひとつが、どうとでも受け取れるようにわざと曖昧にされている。
(子供らしいが、子供らしくない。誰でも書けるが、本人以外は誰も書く意味がない……)
そんな微妙な不協和音をまとった手紙だった。
セレスティーナは立ち上がり、扉の外にいた傍付きの侍女イルマに声をかけた。
「この便箋──似たものを使っていた子供を、調べてちょうだい」
「はい。お差し支えなければ、手紙の内容も──」
「必要無いわ」
「ですが──」
「いいえ。内容は要らない。問題はこれが何の意味を持つかよ」
イルマは一礼し、与えられた仕事をするために立ち去った。
(イルマは随分口数が増えてきたわね。そうね……もう期限切れ、か)
扉が閉まり、部屋に静寂が戻りセレスティーナは手紙を再び見つめた。
(この手紙、ハッタリだわ、絶対)
そう気づいたとき、なんとも言い難い苛立ちがやって来る。
(この手紙を書いた者は、わたくしを揺さぶる気でいた──でも、証拠はなさそう)
(距離を保ち、様子を見ている。つまり──)
「……こちらの出方を、うかがってる?」
セレスティーナは手紙を机に置き、口角を上げた。
「いいわ。かかっていらっしゃい、誰かさん」
(わたくしは、必ず見破るわ。頭脳戦ならお手のものなんだから)
(ヒロインが転生者もしくはただのNPCなのか、それとも──誰かの傀儡なのか。絶対に暴いてみせますわ)




