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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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手紙

手紙

 助けられるのかという私の声にカーティスは振り返った。

 

「体は無事。でも、魂のほうは……ね」


 言葉を選びながら、ゆっくり説明が再開された。


「この状態から無理に引き戻すと、命令しか知らない魂が、元の人格に戻ろうとする。でも──自分の本当の顔を忘れてるから、空っぽになる可能性が高い」


「じゃあ、この人……もうこの人ではいられない?」


「そうね。壊れかけの命令装置ってとこかしら。課金アイテムって恐ろしいわね」


私は黙って男を見下ろした。


自分を殺すために動いていた人間。

でも今は、なにもわからないまま、ただ漂っているだけ。


「利用するしかないわね」


「利用?」


「この人が壊れたってことを、セレスティーナに気づかせるの。捕まってる──って伝わるように」


「つまり、リリィ本人は無力。けれど後ろに何かいると、彼女に思わせる?」


「うん。わたしがただの子供に見えるなら、それがいちばん都合がいい」


 カーティスは、皮肉気に唇をゆがめた。


「転生者じゃなくて、傀儡に見せかける。あの子の疑念を逆手に取るわけね」


「そう。セレスティーナは疑心暗鬼になるはず」


 私は一歩、結界に近づいた。

 光に照らされた男の目は、虚ろで何も映していない。

 

「彼女……わたしのことを敵だと思ってるけど、転生者だと断定はまだしてない」


 カーティスは、指を鳴らして術式の一部を閉じた。


「悪くないわ、逆手に取るわけね」


「だって……後攻だからね。策を弄するしか出来ないもの」



──数日後の午後。

 ヴァレフォール公爵家の回廊では、いつものように使用人たちが忙しく行き来している。

 その一角にあるセレスティーナ用の書簡受けに一通の『お手紙』が入っていた。


 白い封筒で差出人の名は書かれていない。

 花びらの模様があしらわれた安物の便箋に、歪な丸い文字が並んでいる。


《セレスティーナさまへ

わたしは、あなたのことをしっています

あのよるのことも、おとこのひとたちがはなしてたことも、ぜんぶきこえていました

あのこがいなくなったのは、よくないことでした

でも、これでもうおしまいにしてください》




最後の一文には、震えたような字でこう綴られていた。


《これいじょう さがさないで

おねがいしますz》



「……これ、どこから?」


 応接間で紅茶を受け取った直後、手渡された便箋。

 侍女は「書簡受けにまぎれていた」と報告したが、外部から届けられた記録はない。


 筆跡は拙く、どう見ても無学な子供の字。

 文面も稚拙で不気味なほど素朴だった。


(あの夜。男たちが話していたこと。つまり、誘拐計画のこと──?)


 彼女の胸の奥に、ざらついたものが広がった。


(この子供のふりをした手紙、誰が書いた?)


 ──リリィ?


 しかし、リリィの話し方や文体は、この手紙とはかけ離れている。

 仮に本人が書いたとしても、演技として拙くするには、かなり周到な技術が必要だ。

 さらに、彼女が屋敷内の書簡箱に手紙を入れられる訳がない。

 調べによると、リリィは教育が遅れているので色々な学びのスケジュールが詰め込まれている。

 馬車で二十分もかかるここに、本人が来れるはずがないのだ。


(それとも……リリィの背後にいる誰か?)


 仮面の奥で、セレスティーナの思考が回転する。

 手紙は「知っている」ように書かれている。


 ──言葉の一つひとつが、どうとでも受け取れるようにわざと曖昧にされている。


(子供らしいが、子供らしくない。誰でも書けるが、本人以外は誰も書く意味がない……)


 そんな微妙な不協和音をまとった手紙だった。

 セレスティーナは立ち上がり、扉の外にいた傍付きの侍女イルマに声をかけた。


「この便箋──似たものを使っていた子供を、調べてちょうだい」


「はい。お差し支えなければ、手紙の内容も──」


「必要無いわ」


「ですが──」


「いいえ。内容は要らない。問題はこれが何の意味を持つかよ」

 

 イルマは一礼し、与えられた仕事をするために立ち去った。


(イルマは随分口数が増えてきたわね。そうね……もう期限切れ、か)


 扉が閉まり、部屋に静寂が戻りセレスティーナは手紙を再び見つめた。


(この手紙、ハッタリだわ、絶対)


 そう気づいたとき、なんとも言い難い苛立ちがやって来る。


(この手紙を書いた者は、わたくしを揺さぶる気でいた──でも、証拠はなさそう)


(距離を保ち、様子を見ている。つまり──)


「……こちらの出方を、うかがってる?」


 セレスティーナは手紙を机に置き、口角を上げた。


「いいわ。かかっていらっしゃい、誰かさん」


(わたくしは、必ず見破るわ。頭脳戦ならお手のものなんだから)


(ヒロインが転生者もしくはただのNPCなのか、それとも──誰かの傀儡なのか。絶対に暴いてみせますわ)


 


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