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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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捕らえられた男

捕らえられた男

 ──翌日の夕刻。

 セレスティーナの私室に、商人を装った男が訪ねて来た。

 もちろん、周囲の目を欺くために課金アイテムで支配している侍女イルマもいる。

 良家の子女は異性と二人きりになってはいけないから。


「お届けいたします、セレスティーナ様」


 情報屋が、革袋に入れたままの古い帳簿を両手で差し出す。


「確認しましたが、原本に間違いない。正式に保全管理中として登録済み。誰も参照できない状態にしてきました」


「よくやったわ。机の上に置いて」


 セレスティーナは、椅子に腰掛けたまま手を振る。

 手元では紅茶がまだ湯気を立てていたが、それに口をつけることなく視線は帳簿へと向かう。


 机上にそっと置かれたその一冊──聖ローレンス孤児院、十年前の記録帳。


 表紙は劣化しており金具は錆びていたが、なにかおかしい。


「では、ご報告は以上で」


「ええ。後はわたくしが読むわ。誰にも邪魔されないように」


 情報屋が一礼し、静かに扉を閉じる。

 部屋に残ったのは、セレスティーナひとり。


 ランプの火をわずかに絞り、彼女はページをめくった。


 一見、完璧な履歴だが──逆にそれが不気味だった。


「……整っているということは、作られているということ」


 入所年の欠落、推薦者の筆跡の上書き。

 所在不明の関係者。

 意図的に追えないように整えた痕跡──それが逆に、あからさまだった。


「完璧な帳簿なんて、最初から嘘ね」


 セレスティーナは手を止め、椅子に深く沈んだ。


(リリィ。あなたは──本当に、ただの子供?)


 昨日の乗馬稽古が脳裏に蘇る。

 年相応の振る舞いだったけれど、それが演じられていたとしたら?


(──どちらなの?)


 セレスティーナの思考に、はっきりとした形はまだない。

 だが、霧の奥に確かな輪郭が浮かびつつあった。


「……確かめるしかない。でも、どうやって?」


 セレスティーナは帳簿を閉じ、紅茶にようやく口をつけた。

 甘さの奥に、わずかな苦味が残っていた。



 カーティスの屋敷。

 塔の魔術実験室はひんやりと冷気が漂っている。


 薄く光を帯びた結界の中に、男が横たわっている。

 身なりは貧相だが、肉体には訓練の痕跡がある。

 

「ヴァレフォール家の駒よ。あなたを消すために派遣されたか情報収集かはわからないけどね」


「聞けないの?」


 カーティス軽く頷き、説明を始めた。

 この男は現状、結界に囚われたまま意識もなく魂だけが不安定に震えている。


「……昨日より反応が強くなってる。そろそろ目を覚ましそうね」


 カーティスが素っ気ない寝台に展開する術式を見ながらブツブツと呟く。

 私は、緊張を押し殺した声で問いかけた。


「……この人、わたしとは会ってないよね?」


「そう。あなたがお披露目された日、袋小路の再調査に来たみたい」


「どうして、こんなふうに?」


 カーティスは、術式の光を指でなぞった。


「理由は簡単よ。裂け目の結界の内に、あなたの魂の痕跡がまだ残っていたの。しかも、かなり濃くね」


「痕跡……?」


「魂は一度強く干渉された場所に、しばらく気配を残す。この世界の理に完全には馴染まない魂は特にね。まだ研究中の仮説だけど」


リリィは息を飲んだ。


「つまり、その痕跡に触れてこの人がおかしくなったってこと?」


「ええ。魂の構造が崩れたというか」


 カーティスは男を指差した。


「この男、元々の魂に『外からかぶせ物』をして動いていたみたい。つまり、命令されるために洗脳されてるんだと思う」


「どうやって……魔術とかで?」


「うーん、そういうのは特殊すぎて、簡単じゃないわよ? 例の課金アイテムのせいじゃないかって思ってる」


「あるわ、悪役令嬢ルートにそういう専用アイテムが」


「やっぱりね。おかしい魂の痕跡のせいで、アイテム効果が剥がれちゃったと考えるのが妥当じゃないかしら」


「そんなことある? 私のせいで効果が壊れるなんて……」


「見ての通りでしょ。洗脳がひび割れて素の魂がむき出しになって壊れかけてる」


「…………」


 私は口を噤んで、その男を見つめた。

 怪我も何もなく本当に普通の男性のように見える。

 

 彼の瞼がわずかに痙攣し始める。

 言葉にならないうめき声を上げて、ゆっくり開かれた瞳は虚空を見つめ焦点が合っていない。

 


「それで、この人は助けられるの?」



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