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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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19/62

乗馬訓練にて

とある日の乗馬訓練

 ヴァレフォール公爵家の大規模な騎士団が使う屋外の稽古場。

 ここは高位貴族の子女が乗馬や礼法を身につけるために、時折開放される。


 今日はそういう日で、小さな紳士淑女が集まっている。

 どちらも次代の社交界を背負うと言われる、特別な存在である。


「よいしょ……あ、あれ? ちょっと、足が……!」


 小柄な体で必死に鐙あぶみを探すのは、アーヴェルン伯爵家の養女である私だ。

 体格に合わない鞍の高さに戸惑いながら、なんとか馬にまたがろうとしている素振り。

 必死ながらも上手く行かない様子を演出している。


 大学を卒業するまで、演劇をしていたのだ。

 素人よりは演技力には自信がある。


「お困りですの?」


 声をかけてきたのは、乗馬服が勇ましいセレスティーナ・ヴァレフォール。

 気品と余裕を纏い、すでに馬上にいる。


「えっと……いえ、大丈夫です……ちょっと鞍が高くて……」


 私は貴族らしくなく笑って答え、つま先をぴょんと跳ねさせて鐙に足をかけた。

 よろけそうになりながらも、どうにか騎乗に成功する。


「……やったぁ!」


「すごいですわ、リリィ様。お一人で?」


「はい、乗せてもらうの、ちょっと恥ずかしくて……」


 無垢な笑み。

 八歳の少女らしい、ささやかな見栄。


(……なんなの、この子)


 セレスティーナは微笑を浮かべたまま、内心で疑念を深めていた。


 さっきの仕草は、素人そのもの。

 けれど──。


 背筋、手綱の握り方、脚の角度。

 どれも貴族としての騎乗姿勢を知っている者の所作。

 教わっただけでは、こうはならない。

 何度も修正された人間の動きだ。


 出自を考えると、やはり不自然なほどに仕上がっている。

 けれど、全く出来てない部分もポロポロ出ている。


(演技? いや、子供がここまで計算できる?)


「……リリィ様って、不思議な方ですわね」


「え?」


 無垢な目が、ぱちりとセレスティーナを見る。


「急に、なんだか面白いこと言うから」


 きょとん、とした顔。

 それ以上でも以下でもない普通の反応。

 ──なのに、違和感がある。


 セレスティーナは、そっと手綱を引いた。


「では、並足で一周いたしましょう?」


「はい!」


 稽古場を囲む白い柵に沿って、二頭の馬が歩き出す。

 子供らしい会話を交わしながら、二人は並んで馬を進めた。


「馬って、思ったより背が高いのですね。最初びっくりしちゃいました」


「ご安心なさいませ。最初は皆そうですわ。わたくしも、幼少の頃は尻もちをつきましたもの」


「セレスティーナ様にも、そんなことあるんですか……なんか、ほっとしました」


 ──あどけない共感。

 仕掛けではなく、自然な子供らしさ。

 それが逆に、セレスティーナの疑念を揺さぶる。


(本当にただの子供? でもこの距離感、会話の運び……子供にしてはうますぎではなくて?)


 セレスティーナは、意図的に質問を変える。


「リリィ様。……わたくし、少し気になっていたのですけれど」


「なんでしょう?」


「リリィ様の故郷は……どちらのご出身なのです?」


「えっと……昔のことは、あんまり覚えてないのです。修道院の孤児院にいたんですけれど」


「覚えていない?」


「はい。伯父さまに引き取られる少し前までは、孤児院です。ほとんど赤ちゃんの頃からってシスターから聞いてます」


「まあ……覚えてらっしゃらないのね」


「でも、こっちに来てからはいいことばかりです!寒くないし、パンも固くないもの」


 『リリィ』は声をあげて笑ってから、慌てて手で口を覆い、無作法を謝罪した。


 けれど、セレスティーナは目を細めた。


(模範的な答え……)


 育ちを問われたら、覚えていないと答えよ。

 固いパン、寒い修道院。

 どれもありがちな話で、質問に答えているようで情報はゼロ。


(誰かに、教え込まれてる?)


「リリィ様って昔のお話をされるとき、ちょっと考えるのですね」


「えっ、そうですか? ごめんなさい、私、言葉遣いがまだ悪くて。考えてから言いなさいって言われてて」


「いいえ。とてもまとまっていますわ。まるで……本で読んだみたいに」


 沈黙。

 リリィはきょとんとしてから、小さく笑った。


「もしかして、セレスティーナ様は本が好きなんですか? 私も少し読めるようになりました」


「そうね、本は好きですわ」


「もし、物語なら──セレスティーナ様はもちろんお姫さまですね」


「……まあ。わたくし、ただの貴族の娘ですわ。婚約者は王族ですけれど」


「婚約者! いいですね、ロマンチックで」


 その言葉も、挑発ではなくただの子供の軽口のようだった。


(……こんな子が、転生者?)


(それとも、誰かが作り上げた令嬢?)


 セレスティーナの心に、じわりと疑念が染み込んでいく。

 その正体が見えないまま、馬の歩調がゆっくりと止まった。


「ご一緒できて、楽しかったです。また今度も、一緒に稽古できたらうれしいです!」


 セレスティーナは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


「ええ。わたくしも、ぜひ──」


 ──仮面のまま、笑みを返す。


 リリィの子供らしい笑顔の下に、どれほどの策略があるのか。

 あるいは、本当にただの無垢なのか。

 セレスティーナは確信を得られないまま、その場を後にした。


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