乗馬訓練にて
とある日の乗馬訓練
ヴァレフォール公爵家の大規模な騎士団が使う屋外の稽古場。
ここは高位貴族の子女が乗馬や礼法を身につけるために、時折開放される。
今日はそういう日で、小さな紳士淑女が集まっている。
どちらも次代の社交界を背負うと言われる、特別な存在である。
「よいしょ……あ、あれ? ちょっと、足が……!」
小柄な体で必死に鐙あぶみを探すのは、アーヴェルン伯爵家の養女である私だ。
体格に合わない鞍の高さに戸惑いながら、なんとか馬にまたがろうとしている素振り。
必死ながらも上手く行かない様子を演出している。
大学を卒業するまで、演劇をしていたのだ。
素人よりは演技力には自信がある。
「お困りですの?」
声をかけてきたのは、乗馬服が勇ましいセレスティーナ・ヴァレフォール。
気品と余裕を纏い、すでに馬上にいる。
「えっと……いえ、大丈夫です……ちょっと鞍が高くて……」
私は貴族らしくなく笑って答え、つま先をぴょんと跳ねさせて鐙に足をかけた。
よろけそうになりながらも、どうにか騎乗に成功する。
「……やったぁ!」
「すごいですわ、リリィ様。お一人で?」
「はい、乗せてもらうの、ちょっと恥ずかしくて……」
無垢な笑み。
八歳の少女らしい、ささやかな見栄。
(……なんなの、この子)
セレスティーナは微笑を浮かべたまま、内心で疑念を深めていた。
さっきの仕草は、素人そのもの。
けれど──。
背筋、手綱の握り方、脚の角度。
どれも貴族としての騎乗姿勢を知っている者の所作。
教わっただけでは、こうはならない。
何度も修正された人間の動きだ。
出自を考えると、やはり不自然なほどに仕上がっている。
けれど、全く出来てない部分もポロポロ出ている。
(演技? いや、子供がここまで計算できる?)
「……リリィ様って、不思議な方ですわね」
「え?」
無垢な目が、ぱちりとセレスティーナを見る。
「急に、なんだか面白いこと言うから」
きょとん、とした顔。
それ以上でも以下でもない普通の反応。
──なのに、違和感がある。
セレスティーナは、そっと手綱を引いた。
「では、並足で一周いたしましょう?」
「はい!」
稽古場を囲む白い柵に沿って、二頭の馬が歩き出す。
子供らしい会話を交わしながら、二人は並んで馬を進めた。
「馬って、思ったより背が高いのですね。最初びっくりしちゃいました」
「ご安心なさいませ。最初は皆そうですわ。わたくしも、幼少の頃は尻もちをつきましたもの」
「セレスティーナ様にも、そんなことあるんですか……なんか、ほっとしました」
──あどけない共感。
仕掛けではなく、自然な子供らしさ。
それが逆に、セレスティーナの疑念を揺さぶる。
(本当にただの子供? でもこの距離感、会話の運び……子供にしてはうますぎではなくて?)
セレスティーナは、意図的に質問を変える。
「リリィ様。……わたくし、少し気になっていたのですけれど」
「なんでしょう?」
「リリィ様の故郷は……どちらのご出身なのです?」
「えっと……昔のことは、あんまり覚えてないのです。修道院の孤児院にいたんですけれど」
「覚えていない?」
「はい。伯父さまに引き取られる少し前までは、孤児院です。ほとんど赤ちゃんの頃からってシスターから聞いてます」
「まあ……覚えてらっしゃらないのね」
「でも、こっちに来てからはいいことばかりです!寒くないし、パンも固くないもの」
『リリィ』は声をあげて笑ってから、慌てて手で口を覆い、無作法を謝罪した。
けれど、セレスティーナは目を細めた。
(模範的な答え……)
育ちを問われたら、覚えていないと答えよ。
固いパン、寒い修道院。
どれもありがちな話で、質問に答えているようで情報はゼロ。
(誰かに、教え込まれてる?)
「リリィ様って昔のお話をされるとき、ちょっと考えるのですね」
「えっ、そうですか? ごめんなさい、私、言葉遣いがまだ悪くて。考えてから言いなさいって言われてて」
「いいえ。とてもまとまっていますわ。まるで……本で読んだみたいに」
沈黙。
リリィはきょとんとしてから、小さく笑った。
「もしかして、セレスティーナ様は本が好きなんですか? 私も少し読めるようになりました」
「そうね、本は好きですわ」
「もし、物語なら──セレスティーナ様はもちろんお姫さまですね」
「……まあ。わたくし、ただの貴族の娘ですわ。婚約者は王族ですけれど」
「婚約者! いいですね、ロマンチックで」
その言葉も、挑発ではなくただの子供の軽口のようだった。
(……こんな子が、転生者?)
(それとも、誰かが作り上げた令嬢?)
セレスティーナの心に、じわりと疑念が染み込んでいく。
その正体が見えないまま、馬の歩調がゆっくりと止まった。
「ご一緒できて、楽しかったです。また今度も、一緒に稽古できたらうれしいです!」
セレスティーナは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「ええ。わたくしも、ぜひ──」
──仮面のまま、笑みを返す。
リリィの子供らしい笑顔の下に、どれほどの策略があるのか。
あるいは、本当にただの無垢なのか。
セレスティーナは確信を得られないまま、その場を後にした。




