宣戦布告
宣戦布告
アーヴェルン伯爵邸の朝はいつもと同じように静かで、薄いカーテン越しに差し込む陽光が、桃色の髪を華やかに透かしている。
私、リリィ・アーヴェルンは自室の窓辺に腰掛け手紙を読んでいる。
差出人は──セレスティーナ・ヴァレフォール公爵令嬢。
王太子の婚約者で銀髪に紫の瞳を持つ、完璧な悪役令嬢のお嬢様。
──そして、私を殺そうとした黒幕。
けれど、この手紙にはそんな殺意のかけらもない無邪気なものだ。
《先日はご一緒できて光栄でしたわ、リリィ様。
お話ししていて、とても楽しいひとときでございました。
リリィ様のような可憐なお方が、わたくしのお友達になってくださること──まるで夢のようですわ。
またぜひ、ご一緒にお茶をいたしましょう。
わたくし、本当に嬉しゅうございますの。
リリィ様のような方が、この物語に加わってくださって──》
その一文を読み終えたところで、私はふっと笑った。
なんて白々しい。
「中々慎重派ね」
甘すぎる称賛と過剰な礼節、その中にちらつくキーワード。
これは社交辞令の仮面をかぶった偵察だ。
そう確信したところで、控えめなノックが聞こえた。
「どうぞ」
入ってきたのは、白衣姿の魔術師──カーティスだった。
現時点の私が、唯一気を許せる存在だ。
「朝から毒々しいお便りとは、なかなか刺激的ねぇ。見せてくれる?」
「どうぞ。読んでみて」
カーティスが手紙を一読し、肩をすくめた。
「いやぁ、すごいわ。可愛らしい狂犬の香りがする」
「牙をチラ見せってとこかしら」
「あなたが転生者だという決定打を与えていないから。探ってるんでしょう、無邪気なお手紙で」
私は軽く頷き、少し冷めた紅茶のカップを手に取った。
「ところで、今日も研究所に行ってもいいの?」
「もちろん。迎えに来たのよ。伯爵に用もあったし」
「お父様に?」
「ええ。聖女庁には一応、魂の構造異常に伴う観察・診療ってことで報告と申請をしてあるわ。伯爵閣下も了承済み」
「……よくそんな理由が通ったね? まあ、カーティスと自由に行き来出来るのはありがたいけれど」
他者の目がない瞬間を作れるのは非常に助かる。
悪巧みは秘密裡にしなければいけないもの。
私たちは顔を見合わせ、ニヤリと口角を上げた。
「だって本当のことだもの。魂のズレは現象として確認されたし、何より聖女様が特別に認めたって一筆くれたわ」
エレナ。
今代の聖女であり、リリィの伯母──母の姉にあたる人物。
彼女が「これは放置できない」と判断したことが、この自由な出入りを可能にしている。
正式には、宗教院聖女部門、通称・聖女庁の許可を得ているということだ。
カーティスはそこからの依頼で、私の治療にあたるというわけ。
『魂構造異常の長期観察と心理的安定の確認を行う』という名目でね。
なので、リリィとカーティスの行き来は公認のものになっている。
アーヴェルン伯爵である養父ジルベールも賛成しているそうだ。
「異常があった以上、専門家に任せるべきだ」
と、納得した模様。
むしろリリィが自分の異常性を自覚し、積極的に通っていることを評価すらしているとのこと。
「まあ、私が養女になって最初の頃は渋い顔してたけどね。『あの怪しい魔術師と頻繁に会うなんて!』って」
「やだ、怪しいなんて酷い!」
「だって怪しいのは本当でしょ」
「まぁね?」
クスクスと控えめな笑い声が室内を漂った。
だが急にカーティスが真面目な顔になり、囁いた。
「立場が上のセレスティーナ嬢が丁寧な挨拶をくれたってことは──次は探り合いのターンね」
「うん。用心はする」
私は紅茶を飲み干し、窓の外を見た。
伯爵家の庭園は緑が多く、百合の花は多いけれど全体的に見るとさほど華やかではない。
でも、眺めるだけで落ち着いた気分になる。
「はぁ……」
未だに無関係でいたい気持ちは捨てきれない。
でも、叩かれたら逃げるか応戦するしかないのが現実だ。
権力、課金アイテム、大人の頭脳を持つセレスティーナから逃げ切るのは厳しいと判断せざるを得ない。
仮に今逃げおおせても、彼女が成人して今より自由に動けるようになったら?
(『ヒロイン』の息の根をとめるために、地の果てまで追ってくる……)




