二人の少女
二人の少女
とある晴れた午後。
アーヴェルン伯爵邸の庭園で『御披露目会』が開催されていた。
招待された高位貴族、その子女たちの笑い声が涼やかに響き雰囲気は円満そのものだ。
「お噂は伺っておりますわ。あの孤児院からでしょう」
「すごく綺麗な子よね。見てよあの髪色、天然なのかしら?」
「お美しい令嬢ねぇ」
招待客たちの視線が、一人の少女に集まっている。
輝く稀有な桃色の髪に、星の光を含んだようなネオングリーンの瞳。
慎ましく微笑み、伯爵の隣に控える小柄な姿は──可憐としか言いようがない。
(あれが、リリィ・アーヴェルン)
会場の隅でローズティーを口にしながら、セレスティーナ・ヴァレフォールは彼女を見つめていた。
完璧な令嬢らしく可愛らしい表情は変えない
けれど、胸の中は苛立っている。
(間違いない)
消したはずの存在。
舞台に上がるはずのなかったヒロイン。
(だけど、家名が違う……)
──再び現れたその異物に、彼女は完璧な公爵令嬢として微笑みながら近づいていった。
テーブルを離れ、堂々と会場中央を歩くセレスティーナに、周囲の空気が自然と従う。
視線が、会話が、少しずつ静まっていく。
彼女は既に幼い社交界の女王だった
セレスティーナはリリィの前で立ち止まり、にっこりと天使のように笑った。
「こんにちは、リリィ様。わたくし、セレスティーナ・ヴァレフォールと申します」
伯爵が軽く頷く。
リリィはすぐに、ややぎこちなく丁寧なお辞儀を返した。
「ご丁寧にありがとうございます。リリィ・アーヴェルンと申します。お目にかかれて光栄です、セレスティーナ様」
立ち居振る舞い、口調、目線の配り方。
粗削りではあるけれど、これが孤児院育ち?
──生まれを考えると、不自然過ぎる。
(おかしいわ。教育を受けてたって、庶民育ちがたった一ヶ月でこの仕上がり? あり得ない)
セレスティーナは勤勉だった。
決めた未来に向け、誰よりも努力をしている。
だからこそ、八歳で身に付く教養やマナーのレベルとその難しさは身をもって知っている。
一方の『リリィ』も、セレスティーナの整った横顔を見ながら考えていた。
(この子が、あの時の黒幕か)
あの夜、追ってきた男たちの口から漏れた、お嬢様という言葉。
この少女が、セレスティーナ。
ゲームでいうところの悪役令嬢で──あの誘拐の発注者。
だが、『リリィ』は控えめな微笑を崩さなかった。
今ここで、事を荒立てる理由はない。
感情をむき出しにしたら、損をするのは自分だ。
急に貴族になって困惑している孤児、そう思わせておきたい。
私はこのセレスティーナは、相当狡猾だと考えている。
課金アイテムの使い方に無駄がないし、惜しげもなく投入してくる。
『物の使い方』をよく知っている──セレスティーナの前世は、確実に社会を知ってる大人だ。
「ご挨拶をいただけて、うれしいです。セレスティーナ様とお話できるなんて、夢みたい」
私は天真爛漫でちょっとドジっ子のリリィらしく、演じるしかない。
それがいまの私にできる、最大の防御。
(『ヒロイン』は転生者じゃないかも? って疑心暗鬼にさせてやるわ──)
セレスティーナは、リリィの夢みたいというその言葉に優雅に笑った。
「お上手ですわ、リリィ様。わたくしも、こうしてお目にかかれて光栄です」
視線がぶつかる。
──ただの子供じゃない。
──転生者か、傀儡か?
『リリィ』の確信と、セレスティーナの慎重さが静かにぶつかった。
◆
──アーヴェルン伯爵邸の広間は、夕陽で暖かく染まっている。
私は伯父と伯母に緊張を悟られぬよう、笑顔を振りまき、深呼吸しながら着替えのために私室へ戻った。
重ね襟を外しながら、鏡の中の自分と目を合わせる。
「──初戦は引き分けね」
桃色の髪を結い直しながら、小さくつぶやく。
この一ヶ月、マナー教師が三人がかりで『リリィ』に立ち居振る舞い・話し方・所作・服の着こなしまで詰め込んだ。
朝も昼も夜も、スープの飲み方ひとつで叱られ、何もかもに修正を入れられる日々。
もちろん、私も逃げずに必死に学んだ。
ただの孤児が貴族の養女として茶会に出るためには、それだけの気概と準備が必要だった。
そして今日、初めてセレスティーナと言葉を交わした。
艶々した蒼い銀髪に、宝石のように澄んだ紫の瞳。
王太子の婚約者であり、見た目も資質も完璧な公爵令嬢。
(だけど、私を消そうとした)
私は、笑顔を崩さずに対応できた。
鏡の中の自分に、ニッと笑いかける。
(今日はこれで充分。次は、揺さぶってやるわ)
◆
──その頃、ヴァレフォール家の私室では、セレスティーナが紅茶のカップを指でもてあそんでいた。
彼女は今日の成果を丁寧に反芻していた。
(リリィ・アーヴェルン……)
(孤児院出身と考えたら、あの所作はあり得ない)
憎らしいくらい、繊細で可憐な容貌。
(あの子──転生者の可能性が高い。でも、袋小路の件がある。協力者がいるか、NPCヒロインを操る転生者の介入の可能性も)
どうあっても、ヒロインは敵だ。
(誰かが仕上げたか──それとも、自分で整えた?後ろ楯のない八歳で、それが可能?)
やはり、隠しキャラのカーティスか?
だが、彼は損得勘定でしか動かないキャラだし『呪い』のせいでリリィが十七歳になるまで、あの屋敷から絶対に出られないはず。
人を使うにしても、貴族じゃない男に出来ることは限られている……
(どちらにせよ、ヒロインルートにはいかせないわ)
王道のヒロイン、その背後にある見えない何か。
(隠しキャラか、もっと別の何かか……バグの可能性もある。バグの多いゲームだったし)
セレスティーナは、そっとカップを置いた。
(いいわ。今はまだ、お友達でいてあげる)
(でも──勝つのは、すべてにおいて勝ってるこのわたくしよ。この物語の主役は、ヒロインじゃない、悪役令嬢よ)
二人の少女は、それぞれの場所で静かに呼吸を整えていた。
今後は仮面の下で剣を交えることを、互いに理解しながら。




