セレスティーナ
セレスティーナ
──そして、同時期。
セレスティーナ・ヴァレフォールは寝室の一角にある結界水鏡の前で静かに佇んでいた。
長い睫毛を伏せ、眉をひそめて。
鏡に映る魔術図形の一部が、淡く乱れを示している。
「……まだ、消えていないのよね」
彼女の声は美しいが、微かに苛立ちが混じっている。
高額課金アイテムを使った魔術探査は、収穫が乏しかった。
セレスティーナ自身がまだ八歳と幼く、自分で確認しに行けないのが痛手。
アイテムに引っかかった存在の特定には至らず、何もかも曖昧だった。
(ヒロインはわたくしの計画を邪魔する存在。想定外は要らないのよ)
セレスティーナは、机の上に並べた攻略チャートを見下ろす。
自分が築いてきたルートの導線。
好感度フラグ、王太子イベント、サブキャラの調整。
完璧だった。
あの逆ザマァルートを、ここまで忠実に再現出来る者など、他にいない。
──なのに。
セレスティーナは青みのある銀色の髪を指に巻き付け、その完璧な唇を引き結んだ。
「……通常版も豪華版も何十回もやり込んで、コンプリートしてるのよ。失敗するはずがない」
セレスティーナは乙女ゲーム【花冠の聖譚曲】のヘビーユーザーだった。
ボーナスはすべてこのゲームにつぎ込んでいたし、
仕事以外はずっとゲームに心血を注いできたのだ。
なので、細部まで覚えている自負がある。
(本はそんなに好きじゃなかったから、原作になった小説は流し読みだったけど──この世界は、花リオの世界で間違いない)
イライラと部屋を歩き回りながら、考える。
(ここが追加コンテンツか、ハードモードの悪役令嬢逆ざまぁルートなのは間違いない。だって──悪役令嬢専用の課金アイテムがいっぱいアイテムボックスに入ってるんだもの)
だが、ここはゲームの世界ではあるけれど、現実世界。
記憶が戻ってすぐ、セレスティーナは検証を繰り返した。
ゲームスタート時、学園に着いて来るメイドのマイア。
彼女を最初の標的にしたのは、幼い貴族の娘である自分に一番近しい人物だったから。
自分で作った痣を見せながら暴力を振るわれたと涙ながらに訴えれば、屋敷の者は信じた。
マイアは屋敷から姿を消し、そのまま戻らなかったのでセレスティーナは確信した。
(この世界は、わたくしの意志が反映されている)
五歳で前世を思い出したセレスティーナは、用心深く『検証』に専念していた。
攻略対象とその婚約予定者、どちらにもアクションを起こして邪魔な者は排除して。
八歳の今、その攻略対象にはゲームとは違う婚約者がいる。
自分の周囲はまだ幼い子供だけ。
大人もまさか幼児がそこまで考えているとは思わない。
その思い込みを逆手に取って、都合良く操るのは本当に簡単だった。
攻略対象の婚約者だった一人の令嬢は六歳で『不慮の事故』で亡くなり、この世界から退場している。
ボート遊びの最中、うっかり立ち上がったセレスティーナのせいで湖に落ちた令嬢。
助けを呼ぼうとした、新しい侍女イルマを制して少女が湖底に沈んでいくのをしっかり見届けた。
動揺して泣きじゃくれば、周囲はそれを信じる。
イルマは課金アイテムで縛られ、セレスティーナには逆らえないし不利な発言も出来ない。
令嬢の死はもちろんセレスティーナの検証のせいだったけれど、幼い子供の皮を被っていれば多少の不具合も『悪意のない子供と不幸な事故』で、大人は重要視しない。
──なら、スタートまでに憂いは取り除いておくべきじゃない?
セレスティーナは、常に無垢ないい子を演じた。
時々、いかにも子供らしいワガママも散りばめて。
ヒロインのイベントも、手が届くものであれば先回りして回収した。
ヒロインが養女になるはずの侯爵家の一人娘はゲームでは事故死していたが、それを回避させて養女への道はしっかり潰した。
王太子との仲も良好で、順風満帆である。
「もう少し、探らせてみようかしら。そうね、あの修道院の動きも調べておきましょう」
セレスティーナは完璧主義で頭も良い上に、油断もしない。
完璧な令嬢を演じる努力も惜しまない。
(わたくしが、失敗するなんて有り得ない。だって、周囲よりずっと賢いのですもの)
セレスティーナは完璧。
たったひとつ、ヒロインの消失という小さなトゲ以外は。




