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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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仕組まれた偶然

仕組まれた偶然

 アーヴェルン邸の応接間に通されたとき、私の心臓は静かに高鳴っていた。


 百合の紋章が刺繍された長椅子に、真鍮の燭台に灯る穏やかな光。

 すべてが、修道院育ちの孤児には過ぎた空間だ。

 どうしたらいいかわからない、という設定通りにやるしかない。

 私は気弱そうな顔でそっと椅子に腰掛けた。


(視線は正面すぎず、伏せすぎず。背筋はまっすぐ、ぐ……)


 演技ではあるけれど、私ならやりきれる。

 見た目に反して、頭は子供ではないと言うのが私の唯一の武器。

 


 扉が静かに開いた。

 入ってきたのは、淡い灰色の髪を撫でつけた中年の男性。

 威圧感のある体格ではないが、そこにいるだけで場が静まる──そういう空気を持つ人物だった。


「お呼び立てしてすまなかったね。ジルベール・アーヴェルンだ。気を張らず、楽にしてくれたまえ」


「……リリィと申します。お目にかかれて光栄です、伯爵様」


 私は『急ピッチで叩き込まれたような』ぎこちないお辞儀をした。

 ジルベールはその姿を、しばらく無言で見つめている。


 孤児にしてはお行儀がいい方だ。

 だが、そんなものより──彼の目を釘付けにしたのは。


「──私の目を見てごらん、リリィ嬢」


穏やかだが、有無を言わせぬ声音だった。

私は顔を上げ、まっすぐにジルベールの瞳を見返した。


その瞬間、部屋の空気がわずかに震えたように思えた。

ジルベールの表情が、わずかに揺らぐ。


「やはり、その瞳……」


彼は椅子に手をかけるように立ち上がり、ゆっくりとリリィに歩み寄った。

そしてごく近い距離で、もう一度だけ確認するように言う。


「君の……母親の名は?」


 私は、一瞬だけ言葉を探すふりをして静かに答えた。


「アイリスだと、修道院──シスターに聞きました。でも覚えて無いので、本当かどうかはわかりません」


 ジルベールは、息を呑んだ。


 まるで封じられた記憶の扉が、音を立てて開いたかのように──彼の目が潤む。

 エレナとアリスは良く似た姉妹だった。

 華やかなネオングリーンの瞳、ゴージャスな金髪。

 この娘、髪色こそ違うがこの瞳──そして面差し。

 疑いようもなく、アーヴェルンの容貌。



「アイリス……アリス。そうか、やはり……」


彼は震える手で胸元に触れ、嗄れた声で呟いた。


「アリスは……父上が、家から名を抹消したけれど……可愛い妹だった。君の目は我々によく似ている」


 私は困惑した素振りで首を傾げ、静かに頭を下げた。


(──ありがとう、カーティス)


 すべての仕込みが、この瞬間を演出するためだった。

 嘘ではない、本当に血縁なのだ。

 出会いをプロデュースしただけ。

 ジルベールが深く息を吸い、静かに告げた。


「リリィ。君は間違いなく我が家の血を引いている。私の養女として迎えようと思う」


 彼の言葉には、揺るぎがなかった。

 私たちが仕組んだ偶然は、完璧に成立したのだ。


 『リリィ』の引き取りは、驚くほどあっさりと決まった。

 おそらくカーティスが暗躍したのだろう。

 伯爵ジルベールは修道院に出向き、名簿に署名した。

「一時的な保護」という建前ではあったが、それを疑う者はいなかった。

 それほど、『リリィ』の容貌はエレナと……アーヴェルン歴代聖女の肖像画と、酷似していたのだ。


 達成感で満たされた彼が、久方ぶりに穏やかな表情で屋敷に戻ったとき──

 聖女エレナは言った。


「……よかったわね、ジル。私たちの妹が還ってきたわ。これで無理矢理、跡継ぎ確保の再婚しなくてもいいんじゃない」


 聖女は結婚してもいい役職だが、エレナには男児しか産まれなかった。

 ジルベールは、妻と最初の子を難産で亡くしている。

 次世代の女児、聖女候補の『リリィ』はそんなアーヴェルン家にとって──まさに僥倖だった。

 姉のその言葉に、ジルベールはかすかに微笑みを浮かべただけだった。


 正式な養女になる前から、アーヴェルン家によって『リリィ』には裕福な貴族の娘としての支度が与えられた。

 数多くのドレスに装飾品、教育係となる数名の家庭教師。


 読み書きはできるし、拙いながら礼儀作法も心得がある──八歳とは思えぬ洞察力。

 もちろん『リリィ』は八歳の仮面をしっかりつけていたけれど、誰一人アンバランスな彼女を疑おうとはしなかった。


人は、見たいものしか見ないのだ。


(これが、血のミラクル……かもね)


 私はカーティス屋敷の部屋で、静かに天井を見上げながらそう思っていた。


 アーヴェルン家の聖女の血。

 原作の中でもこの家の血筋だけは唯一無二、それはその瞳で見分けられるとされていた。

 但し、ゲームではあまり触れられておらず聖女覚醒は学園のイベントとして組み込まれている。


(ゲームでは恋愛メインで細かい設定は触れられてないけど、原作設定は間違いなく発動してるわ)


 それを利用するしかない。

 ただの設定だったものを、現実の武器として。

 ──ゲームのストーリーに反映されていない小ネタが、私の武器になる。


 ペンダントにそっと触れながら、私は闘志を漲らせた。


(勝ってみせる。これは恋愛ゲームじゃない、生存ゲームよ)


 鏡の中の自分が、ずいぶん大人に見えた。

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