↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青い半魚人  作者: 松下真奈
第二章
PR
99/194

トコヨノクニ――筆跡

 帰宅して「ただいま!」とリビングに向かって声だけかけると、侑子はまっすぐ自室へ向かった。

 通学鞄を床に置き、クローゼットの扉を開く。かかっていた衣類をすべて反対側へぎゅうぎゅうに寄せると、できあがった空間に身体を滑り込ませた。

――確かめよう。もう少ししっかりと

 天井の蓋を開け、ライトをつけたスマートフォンをその中へ差し込む。ケーブルテレビの機器の隣に、ライトを上向きにしたスマートフォンを置こうと腕を伸ばした。

――ない

 数日前に侑子がこの場所へ置いた手紙。それはやはり、なくなっていた。

 蓋を開けて手を伸ばせば届く位置に置いたはずだ。記憶違いではない。

 侑子は背伸びをして、その空間へ頭を出した。

「あれ……?」

 気落ちした声が漏れた。

 四角い黒色の機器の向こう側。光が届かない屋根裏の闇の中に、白っぽい角ばったものが見えたのだ。

――やっぱり気のせいだったの?

 それが自分の置いた手紙なのだと思って、侑子は落胆した。置いた位置を勘違いしていたのか、それとも蓋を閉めた時の振動で、封筒が少し奥へずれたのだろうか。

 ため息とともに腕を伸ばし、封筒の端を指でつまむ。引っ張り出して、つま先立ちになっていた足を床へ戻した。

 そして、何気なく封筒へ目を落とす。

「え……?」

 息を呑んだ。

 そこには、見覚えのない宛名が書かれていた。



◆◆◆



 いや、その筆跡には見覚えがあった。

 勉強を教えてくれる時。

 歌詞を書いてくれる時。

 褐色の長い指が紙の上を滑り、その美しい文字を生み出していく様を、侑子は何度も見ていた。

 封筒には侑子の名が記され、その下に「様」の一文字が添えられている。この封書を受け取るべき人物が、自分であることを示していた。

 そして右上には、一枚の切手が貼られている。

 破線で縁取られた小さな紙片は、一目で切手だと分かった。けれど、よく見ればそこに「日本国」の文字はない。

 代わりに小さく記されていたのは、『日之國』の三文字だった。

 震える手で封書を裏返す。

 侑子はその時、悲しいとは思っていなかった。

 ではこれは、嬉し泣きというものなのだろうか。

 自分でもよく分からない。

 ただ一筋の涙がこぼれ落ちて、頬の上を優しく撫でるように滑っていく。

 そのくすぐったさを感じた時、ようやく実感した。

――届いたんだ

 自分の手紙は、本当にあの世界へ届いたのだ。



◆◆◆



 制服を着替えることすら忘れて、侑子は机に向かい、ひたすらペンを走らせた。誤字の上に修正テープを引く時間すらもどかしい。伝えたいことが、たくさんあった。

 この世界へ戻ってきてから一か月と少し、どんな毎日を過ごしてきたか。

 今日は新学期初日だったこと。新しい学校で軽音同好会に入ったこと。友達に恵まれそうなこと。ギターの練習を続けられそうなこと。相変わらず毎日歌っていること。そして、その歌の多くがユウキと一緒に歌ったものだということ。

 途中で便箋を使い尽くすと、侑子は通学鞄の中からルーズリーフの束を引っ張り出した。

――届いた……

 ユウキの筆跡が並ぶ便箋を手に取り、もう一方の手でスカートのポケットから銀のブレスレットを取り出す。

――これは魔法? 分からない。だけど届いた。ちゃんとユウキちゃんに届いた。届いたんだ……!

 失われたと思っていたヒノクニとのつながりは、完全に途切れていたわけではなかった。

 理屈も仕組みも、ちっとも見当がつかない。

 けれど今は、そんなことはどうでもよかった。

 ただ、次の一通を送りたかった。

 ユウキから届いた手紙への返事を書きたい。一秒でも早く届けたい。

 文字は乱れ、行も真っ直ぐではなくなっている。それでも構わなかった。

 前回と同じ桜色の封筒に紙の束を入れ、封をする。机の引き出しを開けると、切手シートが目に入った。そこから新たに一枚をはがし、封筒の右上に貼りつける。

 銀のブレスレットを握りしめながら、侑子は再びクローゼットの中へ入り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。