ヒノクニ――封書
リリーの家の調査といっても、どこをどう調べればいいのか、分かる者は誰もいなかった。
侑子が消えた直後、その場にいた者たちは家の中を探し回った。しかし複数の人間が見ている前で、侑子が忽然と姿を消した現象を説明できる者はいなかった。
その後、エイマンとラウトを中心に調査が始まった。魔法で侑子の魔力を探知し、不自然な魔力の流れや空間の歪みが生じていないかも調べた。それでも、何も分からなかった。
侑子と同じくトコヨノクニからやってきた紡久が、彼女と同じようにリリーの部屋のドアを通ってみた時には、その場にいた誰もが息を詰めて見守った。しかし、何も起こらなかった。
それからほぼ毎日のように、調査のために人がリリーの屋敷を訪れていたが、これといった収穫はない。皆、頭を抱えるばかりだった。
当然だった。
一度ヒノクニへやってきた来訪者が、こうして忽然と姿を消した事例など、誰も聞いたことがなかったのだから。
◆◆◆
「私、部屋を移動するわ」
ユウキがリリーの自室を訪れて間もなく、彼女はそう宣言した。
「お兄ちゃんが使ってた部屋に移動する。毎日毎日、知らない調査員たちが部屋に入ってくるんだもん。全然寛げないわよ」
ため息まじりに「もうウンザリ」という手振りを加えるリリーに、隣に座るエイマンは苦笑した。
「すまない。まあ、彼らももうどこを調べるべきなのか分からないくらい行き詰まっているようだから、近いうちに来なくなるとは思うけど。いいんじゃないか? 家具を運ぶのは手伝うよ」
「でもリリー、他の部屋の電気壊れてるんじゃなかった? 空調使えないときつくない?」
ユウキの質問に、リリーはふふんと胸を張った。
「大丈夫! 今日ようやく修理業者が来るのよ。繁忙期らしくて結構待たされたけど、ようやくね。今日中には全部直る予定。そうだユウキ、修理の立ち会いお願いしていい?」
「別にいいけど」
ユウキに手伝える調査はなかった。毎日のようにこの家へ来てはいるものの、やることは特にない。
何の気なしに承諾した。
◆◆◆
「大丈夫かな、ユウキくんは」
ユウキが部屋を出た後、二人きりになるとエイマンが呟いた。
「かなり堪えているのが分かる。そういうのは外に出さない子だっただろう? そんな彼があそこまで憔悴しているのを見るのは、本当に辛いな……」
リリーは大きくため息をついた。まったく同感だった。
ユウキがあんなふうに落ち込む姿を見せることは滅多にない。彼本来の気質なのか、生い立ちによるものなのかは分からないが、いつもどこか飄々としていた。
しかし今回は、それを取り繕う余裕すらないほど心に傷を負っているらしい。そしてユウキがそんな状態になってしまうことを、リリーをはじめエイマンや周囲の人間は簡単に納得できてしまうのだった。
「ただ行方が分からなくなっただけじゃないもの……目の前で。ユウキの目の前でユーコちゃんは消えたのよ。そりゃあショックよ」
リリーもその光景を思い出しただけで、声が震えた。
あまりにもあっけない消失は、得体の知れない巨大な恐怖だけを残していった。
「ユーコちゃんは、一体どこへ行ったのかしら?」
縋るような視線をエイマンへ向ける。
「消えたんじゃなくて、帰ったのかしら……今もどこかにいると思う? 例えば、トコヨノクニに」
エイマンは眉間に皺を寄せて考え込んだ。リリーはさらに畳み掛ける。
「ユーコちゃんは、この部屋のドアからやってきたのよ。トコヨノクニのユーコちゃんの部屋から。この世界の私の部屋に」
そこで一度言葉を切り、リリーは続けた。
「それに、エノコログサはユーコちゃんの家の前から、うちの畑にやってきたわ。この場所とユーコちゃんの家の周囲が、何らかの力でつながっているとは考えられないかしら。だとしたら……ユーコちゃんは元々暮らしていた世界に帰ったんじゃない? だって、ユーコちゃんはこの部屋から消えたのよ」
「可能性はある。というより、今のところそれ以外に立てられそうな仮説がない。ユーコさんがこの世界から完全に消滅してしまった、なんて考えるよりはね」
エイマンはリリーの方を見ないまま、静かに答えた。リリーは大きく頭を振る。
「そんな最悪なこと、私は信じない! きっとユーコちゃんは今頃、トコヨノクニの家族のところで元気にしてるはずよ。私たちのことも思い出したりしながら」
最後の言葉には、どうしても寂しさが滲んだ。
けれどこの時のリリーは、自分が口にした仮説が、間もなく思いもよらない形で裏付けられることになるとは知る由もなかった。
◆◆◆
その部屋は、聞いていた通り埃っぽかった。
ずっと使われていないのだし、家主のリリーはそれなりに忙しい。性格もどちらかといえばずぼらな方だ。定期的に手入れしようという考えに至りにくいのも理解できる。
「掃除してやるか」
本当に、他にやることがないのだ。あったとしても、今はやる気が起きない。
以前なら、ちょっとした空き時間にも曲を書いたり、侑子と過ごしたりしていた。けれど今は侑子はいないし、創作しようという気にもなれなかった。
ユウキは、かつてリリーの両親の寝室として使われていた大きな和室にざっと目を走らせ、両手を目の前の空間へかざした。
風が起こり、ユウキの灰色の髪を揺らした。しかし埃が舞い上がることはなく、辺りには静謐な森を思わせる香りが漂う。ユウキが一歩も動かないうちに畳は綺麗になり、調度品の上に積もっていた埃も跡形なく消えていた。
「次はここだな」
押入れを開けて手をかざす。部屋と同じように、あっという間に埃臭さが消えた。
空になった押入れへ身体を入れ、上段に上がる。天井板の一部を取り外すと、その先にリリーの家の魔石ソケットがあった。
屋根裏へ続く板を外したユウキの目に、まずソケットに並んだ四色の光が飛び込んできた。各色五つずつ並ぶ丸い光。その中に一つだけ、完全に輝きを失った魔石がある。
――切れてる。後で交換するようにリリーに伝えなきゃ
空になった魔石を外そうと、ユウキは手を伸ばした。——その時、腕に何か硬い紙のようなものが触れた。カサリ、と音がする。
何気なく掴んで引き寄せたユウキの手にあったのは、一通の封書だった。
「手紙……?」
呟きかけた声が、途中で止まった。
桜色の封筒。
そこに記された文字を目にした瞬間、ユウキの表情が凍りつく。
見間違えるはずがなかった。




