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シェハイ

 その薬は甘酸っぱくて、少しだけ炭酸が効いている。栄養剤(シェハイ)、と皆呼んでいた。栄養ドリンクみたいなものかしらと、ちえみは考えている。飲みやすいし、味も美味しいと思う。

 前の世界(トコヨノクニ)で、ちえみはたまにそういったドリンク剤のお世話になることもあった。提出期限の迫ったレポートのために夜更かしを決意した夜や、友人たちと遊び明かして完徹してしまった朝などに。

 しかし、そんな飲み慣れた栄養ドリンクとは決定的に違う点がある。その違和感に気づいたのは、初めてその茶色い瓶を飲み干した時だった。

 くるくると脳天が回転する感覚を覚えて、目の焦点が合わない。すぐに治まったが、初めての身体の違和感に恐怖した。


『魔力が回復する代わりに、ちょっとだけ体力は削られるらしいよ』


 正彦はそんなふうに説明した。

「そうなんだ」と、とりあえずその時はそれで納得したし、そういうものだと腑に落ちたのだが。

 しかしシェハイを飲む回数が増えれば増える程、違和感とともに、ちえみは苦手意識をつのらせるようになった。


『魔力、空っぽじゃないか。途中で補充しなかったの?』


 研究所の休憩室で頬杖をついてぼんやりしていると、先日夫となったばかりの正彦が、心配そうな顔で覗き込んでくる。外した金バッジを着け直してくれる彼のその大きな手が、ちえみは大好きだった。そのまま離れて行って欲しくなくて、両手で掴みこむ。


『飲みたくない。シェハイ、気分が悪くなるんだもん。こうやって正彦くんに手を繋いでいてもらったほうが、ずっと良い』


 ちえみの甘える言葉に、彼が困ったように、でも嬉しそうに笑ってくれるのを知っている。そんな顔も大好きだ。


『俺だってこうしていたいよ。けど、二人揃っていつまでも休憩してるわけにもいかないだろう。新婚がすっかり浮かれポンチになってるって、またからかわれちゃうよ。シェハイ、とってくるよ。少しずつでいいから飲んでおいで。先に戻ってるから』


 こめかみにそっと口付けられ、ちえみの肩を抱いた手が離れていく。ちえみだって分かっていた。そうするしかないことくらい。


――ちょっとだけ、我慢すればいいだけだ


 飲んだ後に少しだけクラクラするだけ。意識が遠のく不快感と共に、全て吐き出したくなるだけ。そんな我慢をしている時間は、ほんの数秒のはずだ――実際ちえみにとっては、もっと長く感じられるのだが。

 愛する人から手渡された茶色の小瓶に、いつものように小さなストローをさした。

 意を決して一口吸い込む。口の中に広がる甘酸っぱさと、炭酸が弾ける小さな音を口の中で聞いた。

 休憩室を出ていこうとする正彦の背中が目に入った――――それがちえみがの目が映した、この世の最後の映像だった。






◆◆◆






 死んでしまった


 なぜ飲ませたんだ?


 いつも嫌がっていたのに


 シェハイのせいなのか


 あの薬が、彼女を殺したのか


 彼女に手渡したのは毒だったのか


 飲むように促したのは毒だったのか



 俺が殺した


 俺が


 俺が


 俺が






 

 ストローをさしたままだと、瓶の口にそのカプセルは入らなかった。抜き出したストローの先から滴った液体が、指先を濡らす。

 それが妙に毒々しい黄緑色をしていたことに、正彦は初めて気づいたのだった。

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