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白を染める色

 着替えのために広間を後にした侑子とユウキが並んで歩いていると、廊下の突き当りから出てきた紡久と出くわした。


「二人とも凄かったよ。誰かの演奏を聞きながら踊ったのなんて初めてだった。楽しかったよ」


 そう感想を述べる紡久の顔には、濡れて張り付いた前髪がへばりついている。聞くとジロウに促されるまま踊り始め、周囲の人々に合わせて動き続けていたら、全身汗だくになってしまったらしい。自室に戻り、着替えてきたところだという。

 紡久は侑子を眺めながら笑った。


「たまに歌ってるのを見かけていたけど、すぐには侑子ちゃんって分からなかったよ。メイク凄かったし、髪の色もなんだかこっちの人っぽくて」


 侑子はそう言われて思い出した。舞台上での衣装替えの際に化粧と顔の鱗も取れていたが、髪色はなぜかそのままだったのだ。


「その色、いいなと思ってたから。白い衣装にも映えるだろう。だから髪はそのままにしたんだよ。ユーコちゃんが初めて自分の魔法で変えた髪色だったしね」


 ユウキが侑子の心の中の疑問に答えた。


「へえ。その髪、侑子ちゃんが自分で色変えたんだ。すごいね」


 紡久が目を丸くして言った。そんな彼は、言葉を続けながら苦笑いする。


「髪染めてみたいなって憧れはあったけど、自分の魔法でやってみる勇気はなかなか出なくて」

「分かるよ! 私もすっごくドキドキしたもん。変な色になっちゃったり、間違えて髪の毛抜けちゃったりしないかとか、すごく心配だった」

「侑子ちゃん、俺の髪にも同じ魔法かけてみてよ。その色になるかな」


 紡久はそう言って、侑子の方へ僅かに会釈するように頭を傾けた。耳の頭を隠す長さの黒髪が、侑子の目前に見える。自分のものよりも硬そうな質感の髪を見て、侑子は「えっ」と声を上げてしまった。自分の髪でさえあんなに緊張したのに、人様の髪に魔法をかけるだなんて。責任が持てない。

 侑子が「できないよ」と返そうとする寸前だった。顔の前まで持ち上げて「無理無理」という仕草をしようとした侑子の手を、褐色の手が攫うように絡め取った。


「俺がやってあげる」


 微笑んだユウキは、手に取った侑子の手をそのまま下に下げると、空いている方の手を紡久の黒髪に翳した。


「そうだな。ツムグくんは澄んだ綺麗な目をしているし、きっと明るい色が似合うんじゃないかな」


 翳したユウキの手が空中を撫でるようにすると、あっという間に紡久の黒髪は光るような鮮やかなオレンジブロンドに変化した。


「わっ。すごく明るい」


 元いた世界でこの髪色にしようとしたら、きっととても時間がかかるだろう。侑子は一度も経験がなかったが、薬液で黒い色を抜かなければいけないはずだ。しかし魔法だと一秒もかからない。その時間の短さと変化の大きさに、侑子は相変わらず戸惑わずにいられなかった。

 びっくりしている侑子の横で、ユウキは「眉毛と睫毛も合う感じにしておくよ」と言って、紡久の顔を覗き込んで更に一つ手を加えたようだった。


「鏡見る?」


 どこから取り出したのか、手鏡を紡久の方へ向けてやりながら、ユウキは満足そうに笑っている。


「うわぁ。変な感じ」


 案の定の紡久の反応だったが、侑子は改めてまじまじとその顔を観察してみると、思いの外馴染んでいると感じるのだった。本人ほど元の顔を見慣れていないため、客観的に見ることができるのだろう。


「すごく似合ってるよ」


 侑子の言葉に紡久は鏡から顔を上げた。


「そうかなあ」

「自信持ってよ。これでも俺、色選びは上手いって自覚あるんだから」


 ユウキは紡久の肩をぽん、と叩いた。


「向こうで皆にも見せてきなよ。褒められるって、絶対。似合ってるから」


 頷きながら広間へ向かう紡久を見送ると、侑子たちは控室へと足を進めたのだった。



◆◆◆



「そのワンピース、とっても可愛いけど替えたほうがいいかしら?」


 純白の振り袖姿のリリーが、侑子の立ち姿を眺めながら考え込んでいる。


「リリーの好きなように手加えてあげて構わないよ」


 シャツボタンを止めながらユウキが言った。

 男性陣は皆スーツを着るようだったが、三人ともシャツからスラックス、靴下まで真っ白だ。これは何か意味があるんだろうな、と侑子は思った。


「ユーコちゃん、着たいものある? 形は何でも構わないのよ。着物でもいいし、ドレスでも構わない。ただちょっとだけ余所行きっぽい感じであれば」


 リリーの問いかけに、ミユキが付け足した。


「何着ても色は真っ白だけどね」


 そんな彼女が身に着けているのはタイトシルエットの白いドレスだった。サテン生地の光沢が美しく、身体に沿ったデザインはミユキのすらりとした身体のラインを際立たせていた。普段力強くドラムを叩く人物と同じとは思えない佇まいである。


「じゃあ私、このワンピースのままがいいな。可愛いし」

「オーケー。じゃあ髪の毛に飾りつけてあげる」


 リリーは侑子の頭に大輪の白バラのコサージュを刺してやった。魔法で固定してあるのか、頭を動かしても少しもずれる気配がなかった。


「ありがとう、リリーさん」


 どういたしまして、と微笑むリリーの方へ身体を向けると、全員が純白の衣装を見に付けていることで、部屋全体の光度が上がったように感じた。


「白には何か理由があるんだよね?」


 先程から気になっていた疑問を口にする。


「午前零時を回る時、人々は白を身につける。一年お世話になった年神様を清潔な布で感謝の意を込めて送り出すんだ。そして新しい年神様には、これから一年の安寧を願うんだよ。祈りの儀が終わったら、白は思い思いの色で染めるんだ」


 説明してくれたのはアミだった。


「この国ではね、身につけた白い服を染める特別な儀式がいくつかあるんだよ。毎年のこの歳納と曙祝の時。それから結婚式とお葬式。人々が年神様と出会い別れる時と、伴侶と結ばれる時と親しい人と別れる時だ」


 アミは言い淀むことなく説明を終えると、花色の髪を軽く耳にかけた。白い頬とラベンダー色の瞳がよく見えるようになる。

 漂白したように真っ白な衣服は、それぞれの髪色と瞳の鮮やかさを際立たせていた。侑子はその色彩の一つに、今日は自分も含まれていることを鏡に目を向けながら自覚した。

今の髪はいつもの黒髪とは少しだけ違った、不思議な色をしたままだ。

 白い服を染めるのはもちろん魔法である。新年を迎えた曙祝の席で、新しい一年をどのような年にしたいのかイメージして染めるのだという。そのため明るい色に溢れることが殆どなのだそうだ。


――どんな色にしようか


 侑子はぼんやりと考え始めた。頭の中で様々な色彩が浮かんで、彼女の思考は極彩色の宇宙となって広がっていった。

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