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針と糸

 幼馴染四人を見送った後、程なく侑子たちも帰路についた。


 一昨日と同じように侑子はユウキが漕ぐ自転車の荷台に跨り、背中越しに頬をくすぐる風を感じていた。


「賑やかだったでしょ? あの四人」

「とっても楽しかったよ。ありがとうね、ユウキちゃん」


 騒がしいけれど楽しく、居心地の良さを感じたひとときを回想すると、侑子は自然と思い出すのだった。愛佳と遼、蓮の三人の従兄弟たちと過ごした時間を。

 自然と言葉が口をついて出ていた。


「私、歳の近い従兄弟が三人いてね。とっても仲良いんだ。近くに住んでいたから、よく一緒にいたの。一昨日も従兄弟の家に行くつもりだった。出かける前に制服を着替えようとして……」


 皆心配しているだろう。侑子は想像して、すぐに後悔した。楽しい時間を過ごせて充実を感じていた心は、みるみる沈んでいく。


「ユーコちゃんが着ていた服は、制服だったんだね。向こうの世界の学生は、皆制服を着ているものなのかな」


 前方からの質問に、侑子は顔を上げた。意図的に話題を逸してくれたのが分かったが、今はありがたかった。


「私服の学校もあるけど、制服が多いよ。そういえばユウキちゃんたちは、制服じゃないんだね」


 四人のユウキの幼馴染たちは、みな服装はバラバラだった。街中で見かけるようなドレスや着物姿でもなかったが、四人の服装に統一された箇所は見当たらなかった。ユウキもTシャツにジーンズ姿の、昨日とほとんど変わりのない服装である。


「こっちじゃ制服を着る学校なんて一つもないよ。皆自分の好きな服が着られないなんて、嫌がるだろうなあ。学生たちの反乱が起こるかもよ」


 冗談なのかどうか定かではないが、本当かも知れない。侑子がそう察するほど、この世界の人々の服装は統一感もなければ、バリエーションが豊かで自由だ。そしてどんなに目立つ服装の人がいたとしても、誰もそれを異常だと感じていない様子なのだった。


「好きな服を着られなければ、魔力も上がらない。魔法も本来の力を発揮できない。服ってとても大事なものだろう」

「じゃあこの世界には制服は一つもないの?」

「そんなことない。警察や軍隊は制服だよ」

「なるほど。警察か。この国には軍隊もあるんだ」


 日本語が普通に通じるし、喋り言葉も侑子には違和感がなかったので、まるで日本にいるような感覚もあった。しかしやはり別の国なのだ。

 自転車が止まって、侑子たちの会話もそこで終わった。



◆◆◆



 侑子がそれを見つけたのは、食後に寛いでいる時だった。ジロウは遅くなるらしく、ノマが腕を振るった夕食を三人で食べ、片付けも済んだところだ。

 ノマが何気なくローテーブルの下の籠から取り出したものは、侑子にとって大変馴染みのある一揃いだった。


「かぎ針だ!」


 先端が短く鉤状に折れ曲がった短い金属の棒は、編み物に使う道具である。ノマはそれと一緒に白い糸玉を手にしていたので、一目でそれが編み物道具であることが侑子には分かった。


「ユーコさんも編み物をやるんですか?」


 侑子の目の輝きと嬉しそうな表情を目にしたノマは、取り出した道具を運んできてくれた。


「はい。私、編み物が大好きなんです」


 侑子は丸くまとめられた糸玉を手に取った。テニスボール大のその白い糸は綿糸のようだ。この季節の作品作りに適した、夏物の糸である。


「へえ。ユーコちゃんが作る人だっていうのは聞いてたけど、編み物をするんだね」


 ユウキが侑子の手元を覗き込んできた。糸玉の隣の小箱の中には、とじ針やクリップ等の小さな道具が入っていた。色や形は侑子が使っていたものと異なるが、それぞれの用途は見ただけで分かる。

 侑子の胸は嬉しく高鳴った。


「編み物仲間ですね」


 微笑んだノマが道具を一揃い貸してくれることとなり、ユーコはそれをバスケットにまとめてもらった。


「何か編むものは決まっていますか? 糸は私が保管しているものでしたら、すぐに持ってこれますよ」

「俺が魔法で出してもいいよ」


 ユウキがふわりと微笑んだ。嬉しそうにバスケットの中を見つめる侑子に、自然と笑顔になる。


()()()()()を作ろうと思います」


 バスケットから顔を上げた侑子の言葉に、ノマもユウキもぽかんとした。聞き慣れない単語だったのだろう。こちらの世界にはあみぐるみはないのだろうかと、侑子も首を傾げた。編み物で作るぬいぐるみのことだと簡単に説明すると、なるほどとノマが頷く。


「では中綿がいりますかね。準備しておきましょう」

「ありがとうございます!」


 嬉しくなって声も大きくなった。弾む声音が高くなる。


「糸は? どんなものを使うの?」

「何でもいいの。この綿糸でも大丈夫だし」

「その糸なら沢山ありますよ。色を染めてもいいですね」

「染める?」


 頷いたノマが糸玉から糸端をつまみ出すと、指先で僅かに撫でた。すると端から三十センチ程の範囲が、鮮やかな空色に変わったのだった。


「きれい……! これも物質交換なんですか?」

「特に意識はしないけど、同じことだね」


 ユウキは答えながらノマから糸端を受け取ると、空色に変わっている部分の境目から数十センチを紺色に変えてみせる。


「染めたい色があったら、変えて差し上げますよ」


 侑子は手に乗せてもらった糸端を見つめながら、しばし考えた。

 そしてこう告げたのだった。


「このままでいいです。ノマさんとユウキちゃんが今変えてくれた色はそのまま、後は白いままで。編みながら魔法の練習もしてみます」


 大好きな編み物の延長線上だったら、もしかしたら魔法を発動させることができるかもしれない。できなかったとしても、落ち込むことはないだろう。

 侑子はわくわくしながら、糸端を人差し指に巻きつけて編み針を構えた。



◆◆◆



 最後に編み針を握ったのはつい三日前のことなのに、随分久しぶりのことのように感じた。それほどこの数日間が慌ただしく、新しい情報に溢れていたのだ。

 侑子は二つの世界には共通する物事が少なからずあることを既に理解していたが、そういったものを発見するたびに、安心感を得ることができるのだった。ユウキが取り出した絆創膏然り、そしてこの編物道具然りである。


「あらあら。随分編み慣れていらっしゃいますね」


 すいすいと編み上げていく侑子の手は、リズムを刻んでいるようだった。覗き込んだノマが驚き顔で言って、侑子ははにかんだ。


「何個も編みました。もう手が覚えてるんです」


 それはオーソドックスなあみぐるみの頭部だった。規則的に編むことで円形になったそれは、内部に綿を詰めるときれいな球体になるはずだ。冗談抜きで何個も編んできたので、編み図がなくても迷いなく手が進んだ。


「面白いなあ。まるでユーコちゃんが魔法を使ってるみたいだ」


 ユウキがにこにこと笑っている。侑子は編み物を始めたばかりの頃、手本を見せてくれた母の手元を見つめながら、自分も同じことを言ったものだと思い出していた。



◆◆◆



 夜が進み自室に引き下がった後も、侑子は編むことに没頭した。

 元々編み物を始めると、時間を忘れがちになる程集中してしまうのだ。しかしこの日は輪をかけてのめり込んでいた。

 慣れないことばかりひっきりなしに起こり続ける渦中だ。突如再会できた慣れ親しんだ趣味だった。初めて訪れた公園で予想外に仲良しの友達と行き合い、お喋りに歯止めが効かなくなるように、侑子は黙々と針を進めた。


 頭部に続き胴体と手足、耳も編み上げる。全て同じ糸で編んだので、一番初めの頭部の編み始め部分がユウキとノマの染めた色である以外は、全身真っ白のクマである。綿詰めもせずパーツはバラバラなので、まだぬいぐるみの形には遠い。しかし侑子は満足して、最後に糸玉から切り離したパーツとハサミを机に置いた。

 時計を確認すると、既に日付を跨いでいた。そろそろと立ち上がると、膝がガクッと折れる。長時間同じ姿勢で足を組んでいたので、足先はすっかり痺れていたのだ。


――こんなに夢中になってたんだ


 足の痛みなど気にならないほどに。思わず笑ってしまった。悶えながらやっとのことで広縁までたどり着くと、障子窓を開ける。昨夜と同じように、ガラス戸も開け放って夜空を見上げた――今日も月がよく見えた。

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