知らないユウキ
夕日の赤が、道を染めていた。
今日の夕焼けは、いつにも増して赤い。
ハルカ、アオイ、ミツキ、スズカの四人は、バス停へ向かって歩いていた。
「どう思った? ユーコちゃん」
アオイが切り出した。
隣を歩いていたミツキが、自然と答える。
「普通の女の子だったね。かなりしっかりしてるとは思ったけど」
「妬かないの? ユウキ、相当入れ込んでる様子だったけど。あのユウキが」
からかっているわけでもなく、大真面目に尋ねるアオイを、ミツキは肘で軽く小突いた。
「ユーコちゃん見てたら、妬くとか妬かないとか、そういう気持ちにならないよ……。そりゃ、ユウキのあの感じにはびっくりしたけど。私、あんな優しい顔で見つめられたことなかったし」
少しだけ間を置く。
「でも、あれが恋愛なのかって聞かれたら、まだ分からない」
「往生際悪いなぁ」
背後から、ハルカの長いため息が聞こえた。
ミツキはすぐに振り返る。緩く波打つ撫子色の髪が、夕日に透けて揺れた。
「そういうことじゃないよ! 私の願望とか抜きにして、本当にそう思ったの」
三人が黙ってミツキを見る。
「恋愛なのかは分からない。でも、普通に誰かを好きとか、気になるとか、そういうのとは違う気がする。もっと根っこのところから大事にしてるっていうか……」
言葉を探しながら、ミツキは歩調を緩めた。
「とにかく、ユウキを見てると分かるの。だから私、もう敵わないかなって……分かった」
ほかの三人が一斉に足を止めた。
ミツキも立ち止まり、振り返る。
「何よ。そんなに意外だった?」
「いや……まあ、意外だったね」
素直に認めたハルカを、ミツキは少し睨んだ。
「確かにユウキのことは大好きよ。振られたけど、嫌われてるわけじゃなかったし……そばにいられたらいいなとは思ってた。でも、ユウキにほかに大切な人ができたら、潔く引こうとは思ってたの。本当に」
「そうなの?」
スズカが恐る恐る尋ねた。
「分かってるようには見えなかったよ。全然」
ミツキは吹き出した。
「あわよくばって気持ちはあったからね!」
ひとしきり笑ってから、ミツキは前を向いた。
「でも、もういいや。私ももうすぐ就職するし。失恋の傷を治すには、新しい環境が一番でしょ」
「は? お前、就職決まってたの?」
声を上げたのはハルカだった。
アオイも目を丸くしている。
「あんたたち、私が十月卒業に決めて単位取ってたの、ユウキを追いかけるためだと思ってたでしょ?」
男子二人の顔を見る。
「勝手に恋愛脳女みたいに思われてるのがムカついたから、黙ってたの」
図星だったらしい。
二人とも何も言わない。
その反応を満足げに眺め、ミツキは笑った。
「ふふ。いい気味。……春に学校を通して声をかけられたの。王府から」
「王府!?」
王府。
ヒノクニを統べる王のもとで、神事や公務をはじめとする国事の補佐や事務を担う公的機関である。
「私ってさ、人の気持ちを読み取るの、昔から得意だったでしょ」
ミツキは自分の胸元を指した。
「得意っていう意識すらなかったんだけどね。分かっちゃうの。なんとなく。この人、笑ってるけど本当は悲しいな、とか。良い人みたいに振る舞ってるけど、何か企んでるな、とか」
「それは知ってる」
ハルカが頷いた。
「気づいたら、もう少し細かいところまで分かるの。感情みたいなものが、色とか光みたいに見えることもあるし」
ミツキは自分の目の前で、指先をふわりと動かした。
「ずっとそうだったから、自分では性格みたいなものだと思ってたのよ。でも、学校の先生がそれを私の特性として評価してくれてたみたいで。王府から声をかけられて、ちゃんと調べてもらったら……」
少し得意げに笑う。
「これ、才なんですって」
「はぁ?」
ハルカが眉を歪めた。
「自分の才に気づかないなんて、そんなことあるかよ? 魔力使ってたってことだろ?」
「知らないよ。ユウキの才みたいに分かりやすかったら、そりゃ気づくだろうけど。私は物心ついた頃からずっとこうだったんだから」
ミツキは肩をすくめた。
「息をするのと同じくらい当たり前だったの。わざわざ『今から使います』なんて意識したこと、一度もないし」
「無意識にずっと使ってたってこと?」
アオイが聞く。
「そういうことみたい」
あっけらかんと答える。
「おかげさまで、昔から敵を作らず平和にやってこられたけどね」
大きく頷いたのはスズカだった。
「それは納得するかも。ミツキって、言うことは結構はっきり言うのに、人間関係で大きく揉めることってほとんどなかったもんね」
「でしょ?」
ミツキは得意げに胸を張った。
話しているうちに、四人はバス停へ着いた。まだバスが来るまでには時間がある。
アオイとハルカは、脱力したようにベンチへ腰を下ろした。
「……悪かったよ、ミツキ」
ハルカが言った。
「確かに俺たち、お前のこと諦めの悪い恋愛脳だと思ってた」
「あんたたちの考えてることなんて、才を使わなくても丸分かりだったけど。実際に言葉にされると腹立つなぁ」
大きく息を吐いてから、ミツキは夕焼けに目を向けた。
「……だからね」
三人の視線が集まる。
「今のユウキがユーコちゃんに、ものすごく特別な気持ちを持ってる。それだけは分かった」
ミツキは少しだけ眉を寄せた。
「それが恋愛なのか、これからどう変わっていくのかまでは分からないよ。人の気持ちなんて、本人にだって予測できないものだから」
真っ赤な夕日が、ミツキの横顔を照らしていた。
「でも、ユウキがあんなふうに誰かを大事に思ってるの、初めて見たな」
ハルカもアオイも、何も言わなかった。
「だからちょっと、怖くなった」
「怖い?」
スズカが聞き返す。
ミツキは頷いた。
「うん。だって私、あいつのことずっと知ってるつもりだったから」
人の感情を読むことなど、ずっと当たり前だった。
その自分が、長いあいだ一緒にいた幼馴染を見て、初めてそう思ったのだ。
「全然知らない人みたいだった」




