友人たち
「ユウキちゃんの友達?」
「そう。四人いるんだけど、皆幼馴染。良い奴らだよ。ユーコちゃんに紹介したいと思って連れてきちゃったんだけど……会えそう? 大丈夫?」
心配そうに伺うユウキに、侑子は頷いた。
「うん、もちろん! ごめんね。心配させちゃった」
座布団の上で足を組み替えた。暖色のレースカーテンの効果で、差し込む夏の日差しは柔らかい。白を基調にした家具のおかげで、リリーの部屋の中はとても明るかった。
「もう大丈夫。それに、うすうす分かってたんだ。このドア開けたって、戻れるわけないって」
無理せずとも、今度は声は震えない。
「友達って、あのよく遊びに来る子達? そうね。あの子たちなら平気でしょう」
ベッドに腰掛けて見守っていたリリーが頷く。
「ユーコちゃんの良い友達にもなるわ。そういう存在も必要ね。よく分からない場所では、味方は多ければ多いほうが良いに決まってる」
◆◆◆
黒髪のその少女は作務衣を着ていた。ユウキとリリーに伴われてやってきた侑子を前にした四人の感情は、共通して驚きだった。
「はじめまして。五十嵐侑子です」
とりあえず名乗ればいいのだろうか。侑子は自分に注目が向くことが苦手だった。尻すぼみに小さくなっていく声を止められない。
四人とも侑子より年上のようだ。ユウキの幼馴染ということだから、当然だろう。
「えっと。はじめまして。私はミサキ・スズカ。よろしくね、ユーコちゃん」
視線をどこに定めたらいいのか分からず、下を向きそうになった侑子の手が柔らかい手に包まれた。スズカがにっこり微笑みながら、侑子を覗き込んでいる。
「ユーコちゃんは何歳なの?」
「十三です」
「うちの妹と同じだ。やっぱりね。それくらいかなぁと思ったの」
よろしくね、とスズカは微笑んだ。顔を上げた侑子がその言葉に少しほっとして表情をゆるめると、他の三人も順番に名乗っていった。
「彼女はトコヨノクニからやってきたんだ」
侑子と友人たちが一通り言葉を交わし終えたところで、ユウキが告げた。
その説明に四人は再び固まったが、数秒の沈黙の後に「ええっ」と声を上げたのはアオイだった。
「えっ! ま、まじ? そんな……え! えー。本当にいるんだ? トコヨノクニから来る人って」
もじゃもじゃの前髪がかかる瞳の色は狐色で、侑子は自分を無遠慮に見つめてくる視線に落ち着きの無さを感じつつ、自分の方も珍しい色の瞳を観察していた。この世界に来てから随分大胆になった気がする。しかしそれくらいの変化を起こさないと、次から次へと押し寄せてくる新常識についていけなくなりそうなのだ。
「……驚いた」
翡翠色の髪色にも侑子はもう驚かなかったが、そんな毛髪の主は、大いにたまげているようだ。先程親しげに声をかけてくれたスズカも、その隣でずっと神妙な顔をしていたミツキも同様だった。
「約束を忘れるなよ」
ユウキの念を押すような凄味の効く一言に、四人ははっとして頷く。
「ユーコちゃんは一昨日この世界に来たばかりなの。本当よ。私の部屋とユーコちゃんの世界が繋がったの」
リリーの言葉に、四人はぎょっとした。
「……今は繋がってないわ。ユーコちゃんはジロウさんの家で保護することになった。透証がないと色々支障があるから、今エイマンに頼んで発行してもらってるところ。ユーコちゃんのことは、ジロウさんとノマさん、エイマンと、ここにいる皆しかまだ知らないから。隠しておくことでもないけれど、あまり触れ回らないようにお願いね」
リリーの言葉に四人は頷いた。
透証という言葉に現実味が増す。国から発行される公的な身分証明証を持つことができるということは、トコヨノクニからやってきたというこの少女が、夢物語の登場人物でもなければ、ユウキとリリーが大掛かりな冗談を仕掛けているわけでもないということだ。
「ユーコちゃんには、この世界を好きになってもらいたい。知らないことばかりで怖い思いもしてるし、仲良くしてあげてほしいんだ。お前たちなら大丈夫だって思ってるから。信頼してるから会わせたんだ」
柔らかく響くユウキの声に、ミツキが僅かに目を見開いた。この男はこんなにも深く、想いのこもった優しい声音を出せるのか。他の友人たちは気づいただろうか。確かに違う。ミツキには、その変化はよく分かった。
「よろしくおねがいします」
深々と頭をたれた黒髪の少女を、ミツキは複雑な思いで見つめていた。
◆◆◆
ノマの料理が運ばれ談笑しながら昼食が片付く頃には、侑子のこの世界へやってきてからの経緯は大体説明が終わっていた。
「向こうの世界って魔法が存在しないのか」
興味深そうにつぶやいたのはアオイだった。
「不思議な話だな。君には確かに魔力があるのに」
侑子は防視効果付きのブレスレットを外していた。自分には見えないが、他の人には確かに侑子の魔力は見えるようだった。
「本当に色がないのね。知らなかった」
ミツキが侑子の腕の少し上に、撫でるように手を翳した。光るそれは確かに侑子の身体から見える魔力だが、自分の身体から湧き出る紅花色のものとは違って無色だ。
「でもとっても綺麗。ユーコちゃんの魔力、きらきらしてるのね」
素直な感想を口にして、ミツキは頷いた。
「きっと魔法が使えるようになったら、とても美しいんだと思う」
ふっと微笑んだ彼女の様子を眺めていたアオイは、意味深な視線をハルカに送る。受け取ったハルカも頷き返した。
「でも魔法が使えなくても、それほど不便じゃないっていうのは本当だよ」
スズカが言った。午前中の魔法練習で、何も成果が出なかった話を受けての言葉だった。
「魔法を使わずに生活してる人って、実は結構沢山いるんだよ。便利だからって使いすぎも良くないって考えは、共通認識みたいなものなの」
「授業で叩き込まれるよな」
アオイが頷いた。
「魔法に頼りすぎると、真実と幸せを見失うって教訓が昔からあるのよ」
ミツキが説明を引き継ぐ。
「その通りだと思うわ……今のこの国の国民は、ほとんどの人が身をもって知っていると思う」
あっとミツキは口をつぐんだ。
「ユーコちゃん、まだこっちにきたばかりなんだよね。国のことにまで話が広がったら、訳分かんなくなっちゃうか」
侑子は首を振った。むしろ今は、より多くの情報がほしい。
「もっと教えて下さい。この国のこと。もどかしいと思っていたんです。ここで生きていくなら、知らないといけないことだから」
きっぱりと告げた侑子を見て、しばらく皆沈黙した。それを破ったのは、張りのあるハルカの声だった。
「よし! じゃあ俺たちで、ユーコちゃんの家庭教師やろうぜ。今日だけじゃ時間足りないだろ。空いてる時間みつけて、暇な奴で交代してさ」
決まり! と強く締めくくったハルカは「それと」と侑子に付け足したのだった。
「俺達にも敬語やめてよ。ユウキには普通に話してたでしょ」




