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幼馴染

◇◇◇


 数時間前。


「あ。ユウキ! 昨日サボったでしょう」


 教室に着くなり、数人の友人たちがユウキに絡んできた。


「学校終わったら遊びにいこうって、約束してたじゃん!」

「いけなくなったって連絡しただろ」

「学校まで休むとは聞いてないよ」


 いつものメンバーだ。

 人当たりの良いユウキは友人が多かったが、その中でも特に気が合う男友達二人と女友達が二人。四人ともユウキの幼馴染で、そのうちひとりは元恋人だった。

 先程から矢継ぎ早に言葉を投げてくるのはその元恋人、ミツキだった。


「ね、今日は遊べる? 学校も午前中で終わるし、皆でどっか行こうって話してたの」


 彼女との友人期間は長かったが、恋人として過ごした期間はとても短かった。裏表のない性格でいつも朗らかな人柄は信頼できたが、やはり恋人としては付き合えないと、別れを切り出したのは一年以上前のことだった。今も友人としての付き合いは続いている。しかしやたらと物理的距離が近かったりと、恋人関係だった頃の癖が彼女から抜けないのが、小さな悩みだった。

 ユウキは腕に巻き付いてくるミツキの腕を、やんわりと解いた。


「今日も駄目。用事がある」

「えー」


 不満そうな表情を隠さないミツキを手で遮ると、男友達二人が二人の間にさっと身体を滑り込ませてくれた。


「ほら、駄目だったろ。ユウキは忙しい奴なんだから」

「諦めろ諦めろ。ほら、あっち行ってな。男同士で話あるから。スズカ、頼める?」


 先程から心配そうに様子を伺っていた女子生徒が、スズカと名を呼ばれると大きくうなずいた。困り顔のまま、彼女はミツキをひっぱっていく。


「モテるのも大変だな」


 ニヤニヤとからかうような表情で、友人はユウキをつついてくる。翡翠色の髪が肩にかかる、優男だ。


「どうせもうすぐ卒業だ。今より自然と会う時間も減るさ」


 もうひとりの友人は、労うように肩を叩いた。こちらは濃紺のくせ毛だ。色はおとなしいが、くるくると畝る強いクセが、鳥の巣のように特徴的な頭のラインを描いている。


「フェードアウト狙うの? 無理無理。ミツキみたいなタイプは、そういうの効かないって。アオイは甘いなぁー」


 翡翠色の髪の言葉に、ユウキはため息をついた。


「ミツキのやつ、ユウキが十月卒業だって知ったら、死にものぐるいで単位取りに行ってたもんな……本当はのんびり来年卒業のつもりだったんだろ?」


 ユウキは再び大きくため息をつく。今はなるべく優先順位の低い悩みについて考えたくはなかったし、煩わしいことに巻き込まれたくなかった。考えるべきことを絞って、徹底的に集中したい。折角幸運が転がり込んできたのだ。しかも確実な幸運だ。そしてその幸運を運んできた人物に対して、もっと時間を割きたいと思っていた。


「ミツキは結構かわいいけどさ、復縁は考えてないわけ?」

「ハルカ」


 翡翠色の髪にうんざりした顔を向けてユウキは黙らせる。


「考えてるわけないだろ」

「じゃあ新しい彼女は?」


 アオイが間髪入れずに質問する。その表情には面白がる色は見えず、真面目に訊いているということが分かった。余計に始末が悪い。


「ユウキに大切な人ができたら、さすがに諦めるってミツキ言ってたよ。横恋慕は性に合わないって」

「やっぱ諦めてないのかよ。で、どうなんだユウキ?」


 ユウキは上の空だった。いつも定期的に繰り返されるこの話題。いつも大体同じ言葉を返し、同じような質問をされる。友人との時間は好きだったが、この話題にはうんざりしていた。どうせ結論を出しても出さなくても、生活に支障はない。その程度の問題でもあるのだ。早く教師が来ればいいのに。抜き打ちテストだろうが構わない。早く授業を終えて、リリーの家に向かいたかった。


――ユーコちゃん、魔法使えたのかな


 今頃もうリリーのところへ着いているだろう。彼女の生み出す魔法は、どんな形をしているのだろうか。あの澄み切った不思議な魔力は、一番初めに何色に色づくのだろう。その色が自分にとって馴染み深い色だったらいいのに。ユウキは夢の中の鱗を思い浮かべていた。



◆◇◇



「……今、なんて?」


 昇降口で背後からかけられた言葉に、ユウキは立ち止まった。


「ついていっていい?」


 頭を傾けると、翡翠色の淡い髪がサラサラと音を奏でるように揺れる。ハルカは同じ高さにある親友の顔を眺めた。


「今日は広場の予定もないし、ジロウさんの手伝いもないんだろ?」

「……ないけど」

「遊びに行くんじゃなくてさ、お前の用事に俺たちも付き合わせろよ」


 ハルカの後ろには、幼馴染三人がそれぞれ異なる表情でこちらを伺っているのが見えた。


「昨日も突然休むし、今日はずっとぼけっとしてるし」


 アオイが歩み寄ってきた。


「いつものユウキと違う。どうした? 何かあったんだろ」


 もじゃもじゃ頭の友人の言葉に、ユウキは聞き返した。


「顔に出てた……?」


 そして口元を手で隠しながら、しばらく考え込む様子になったユウキに、友人たち四人は唖然とする。手の下に顔半分が隠れていても、彼の表情が今まで見たことがないほど緩んでいるのが分かったのだ。


「ちょっとユウキどうしたの?」


 ふっと笑いを漏らしたユウキに、ついに耐えきれなくなったミツキが食って掛かった。顔を隠していた手を、強引に外す。


「あんまり騒ぎ立てない」


 ミツキの腕をぱっと振り解いて、ユウキは言った。


「質問しすぎない。約束してくれるなら、ついてきていいよ」


 承諾の言葉だったのに、四人とも腑に落ちない表情だ。とりあえずユウキの後に続く。バスに乗り込むと、行き先はリリーの家だと告げられた。


「今日じゃなくても、いずれお前達には会わせることになるだろうし。紹介したい人がいるんだ」



◇◆◇



「どうしましょうねえ」


 出来上がった料理と四人の若者たちを前に、ノマは腕を組んで考えていた。


「今から更に四人前となると、ちょっとお待たせしてしまうのですが。皆さんお腹減ってますよね」


 時短で量を作れる料理はなんだろうか。リリーの家にある食材とかけ合わせながら、ノマはあれこれレシピ思い浮かべていく。

 四人の若者の中で真っ先に首と手をぶんぶん振ったのは、飴色のストレートヘアをハーフアップにしたスズカだった。


「いえいえ! ノマさんお構いなく。私達来る途中で買ってきたので、大丈夫ですよ」


 あわてて手提げ鞄の中から、パンの袋を取り出した。


「突然来てしまって、申し訳ないです……」

「そうですか? 皆さん若いのだから、しっかり食べないと駄目ですよ。ちょっと待っててくださいね。簡単につまめるおかずなら、すぐにできますから」


 ノマはにこにこと微笑んで、再び台所へと引き上げていった。ユウキと仲の良いこの若者たちとは初対面ではなかった。すっかり大きくなってしまったが、幼い頃から四人ともよくジロウの屋敷に遊びに来ていたので、気心知れる仲である。


「ノマさんありがとー!」


 ミツキが朗らかな声でノマの背中に礼を言う。そして友人たちの方へ身体を直した。


「ユウキ遅いね」

「てか俺たち本当についてきちゃったけど、良かったのかな」


 言いながらアオイはあぐらをかいて扇風機の前を占領し、すっかり寛ぐ格好である。風量は強めに設定されていたが、彼のくせ毛はあまり揺れない。


「今更言うか。それに本当に嫌なときははっきり断るだろ、ユウキって」


 四人の中で一番ユウキと付き合いの長いハルカが答える。


「でもなんだか……微妙な様子だったよね」


 心配そうな声はスズカ。


「紹介したい人って、誰だろう?」


 ミツキがふと表情を曇らせてつぶやいた。


「…………もしかして、恋人?」

「だったらお前、今後はもうちょっとユウキへの接し方改めろよ?」


 アオイの言葉にミツキはふくれる。


「まだ恋人って決まったわけじゃないでしょ」


 手櫛で髪をといた。湿気を吸い込んだ毛髪は、いつもよりも重たい。それが自分の気持ちを代弁しているように思えて、ミツキは落ち着かなかった。

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