いとこたち
「もしもし望美ちゃん?」
終業式とホームルームが終わった。
友人たちと別れ校門へと歩を進める侑子は、叔母の望美に電話をかけていた。
「今日そっちで晩御飯たべてもいいかな。お兄ちゃん遅くなるんだって。あ、連絡きてた? そっか、じゃあお願いします。いつもありがとう」
朔也は既に連絡を寄越していたようだ。望美はいつものように快く侑子を受け入れてくれる。
「うん。一度家に帰るよ。夕方に行こうかな……はーい。また家出るときに連絡するね。それじゃ」
朝計画した通り、あみぐるみを仕上げてから賢一の家に向かおうと考えていた。侑子はいつもの足取りで帰ってくる。
しかし公園の花壇が見える位置まで来ると、自然と歩幅は狭くなり、終いには足が止まった。
花壇の端に寄せてあった雑草の山は、午前中のうちに片付けられたのだろう。きれいになくなっていた。自分でも気づかないほどに小さくほっと息をついて、侑子はゆっくりと玄関へ向かったのだった。
◆◆◆
「ゆうちゃん何時ごろ来るって?」
愛佳は昼食の焼きそばを頬張りながら、母にたずねた。大きな瞳がキラキラ輝いている。楽しみが待っている時の彼女の表情だった。
一つ年上の従姉妹である侑子とは、非常に気が合う。仲良しの友達は沢山いるが、侑子ほどに一緒にいて楽しいと感じる女の子は、他にいなかった。
彼女との関係はいとこと表現することが適切だが、実際には親友だろうと愛佳は考えている。
市内の小中学校は、明日から夏休みだ。
侑子と遊べる時間が増えると思うと嬉しくて、それが終業式の今日からと聞いたら、待ち遠しくて仕方ない。何をして遊ぼうか。
「夕方って言ってたわ。こら遼! 食べながら漫画読まない!」
子供達のコップに麦茶を注ぎながら、望美は長男を叱る。
ほーいと間延びした返事を返した遼は、十四才の長男だ。
そんな兄の隣に座っている次男の蓮は、背筋をぴっと伸ばして黙々と無言で箸を進めていた。双子の姉である愛佳と容貌はそっくりだが、感情表現豊かで表情がころころ変わる愛佳とは違って、物静かな少年だった。
「そうだあんたたち、後でゆうちゃん来たら、遊ぶ前に一緒に宿題したら?」
母の突然の提案に、遼と愛佳は「えー!」と不満げな声をあげる。
「まだ夏休みじゃないのに!」
「先にやったっていいじゃない。その分減るんだから。それにゆうちゃんに教えてもらえたら、助かるでしょ」
「何で年下に教えてもらわなきゃならないんだよ」
「ゆうちゃんは兄ちゃんより、頭良いと思うな」
「何だと蓮!」
「ちょっとぉ。お兄ちゃんお茶こぼしたー!」
高橋家の食卓は賑やかだ。
騒々しいと言うべきだろうが、望美はそんな子供達の様子を眺めるのが好きだった。そして姪っ子にも、この輪のなかに入っていて欲しいと思う。
大人しくてしっかりしているように見えるし、実際に同じ年頃の子供よりも、達観してしまっているところはあるだろう。家庭環境がそうさせてしまっているのだろうが、だったら身内である自分の前でくらいは子供でいてほしい。
「そうだ。夜に花火でもやろうか」
望美は楽しい提案をした。
子供たちから歓声が上がったのは、言うまでもない。
◆◆◆
昼食が多すぎたのだ。
朔也は遅くなると言っていた。おそらくデートだ。夕食はどこかで済ませてくるだろう。
冷蔵庫の中の残り物を、無駄にしたくない一心で消費した。胃の要領ぎりぎりの量を食べると、眠くなるものだ。
空調で整えられた室内で、心地の良いソファに体重を預けて、少しだけ寛ぐつもりだったのだ。
――ぐっすり眠っちゃったなぁ
「あ……もうこんな時間」
結局あみぐるみには何も手をつけないまま、すっかり夕方になっていた。
日はまだ落ちていないが、大分低くなっている。
制服も着替えていない。
――とりあえず部屋に戻ろう
スマートフォンを手に取ると、ちょうど数分前に望美からメッセージが入っていた。
『そろそろ来る?』
という内容だった。
『今から着替えたら出ます』
そう返信して、スマートフォンはテーブルに置いたまま、二階の自室に向かった。
◆◆◆
「着替えたら来るって」
返信を確認した望美は、従姉妹が来るのを今か今かと待つ娘を、可笑しそうに笑った。
「なんだ。制服から着替えてすらなかったのか。結構ずぼらだな」
俺ですら既に着替えてるのに! とどこか自慢げな遼を、蓮は不思議そうに見つめていた。
「ゆうちゃんは兄ちゃんみたいに無駄に動かないから、あんまり汗もかかないんだと思うよ」
「蓮おまえなー」
「あ! お父さんお帰り!」
賢一が帰ってきた。
望美が時計を確認すると、午後六時を回ったところだった。
「今日ゆうちゃん来るんだって? まだ来てないの?」
帰りがけに寄ったのだろう。
コンビニ袋からアイスを取り出している。
「さっきもう家を出るって連絡きてたから、そろそろだと思うんだけど」
「途中まで迎えに行ってやるか」
仕事着のまま、再び賢一は外に出た。侑子たちの家まで徒歩で二十分程。後ろから「私も行く!」と愛佳が、「俺花火買いに行く」と遼が続いた。
湿気を含んだ夏の夕方の空気が、鼻孔をくすぐる。
今夜も熱帯夜だな、と賢一は思った。




