消えた雑草
朔也の車が走り去る音が聞こえる。
洗い終えた食器を水切り篭に乗せながら、侑子はふと窓の外を見た。
向かい側の公園がやけにさっぱりしている。草刈りがされたばかりのようだ。刈り取ってまとめられた雑草の一部が、風に煽られ道路を滑るように飛んで行った。その多くがエノコログサだった。
――今日は風も結構吹いてるみたい。日陰はちょっとは涼しいといいな
そんなことを考えながら、何気なく道路を滑っていく雑草を目で追っていた。
そして、違和感に気づいた。
――なに……?
視界の左から右へ、道路の上を飛んで行く雑草が、端の方で突然ぱっと消えたように見えたのだ。
――気のせい
雑草が小さすぎて目が捉えられなかっただけだ。
侑子はもう一度、今度は何気なく見るのではなく、流れていく雑草に注視した。
そして、息を飲む。
間違いではなかった。
左手から風に煽られて転がって来たエノコログサが、侑子の家の丁度キッチンの窓(侑子が今まさに覗いている窓だ)の前あたりに来たとたん、姿を消したのだ。
先程はぱっと一瞬で消えたように見えたが、今度はすうっと、まるで昇りきった湯気が空気中に消えるようにして消えたのが分かった。
――なにこれ……
消えた雑草は一つではなかった。
風が煽るたび、花壇の雑草の山からわらわらと沢山の雑草が道路へと誘われるように滑り出しては飛んで行く。
その全てが、侑子の見ている目の前でスッと消滅していったのだった。
侑子は動けず、窓の外から視線を外せずに、ただ立ち尽くしていた。
拭き忘れた指先から、ポタポタと水が落ちていく。
どんどん消えていく雑草を目にしながら、時折その前を横切る通行人や車には、なんの変化もなかった。
人や車が消えていたら、侑子は腰を抜かしていただろう。
しかし、何事もない。
そして消えていく雑草にも、その後しばらく変化ははなかった。
――誰も気づいていないの?
運転中のドライバーはともかく、歩行者の誰もが消える雑草に気づいている様子はなかった。
侑子は自分の目がおかしくなったのではないかと疑い、それが確信に変わったのはすぐだった。
ちょうど大きなトラックが通りすぎた後、雑草が消える現象は、パタリと終わっていたのだった。
◆◆◆
――何だったんだろう、さっきの
先程の雑草が消えていった道路の前を、恐る恐る通りすぎる。
何も起こらなかった。
侑子はいつもの通学路を、薄気味悪さを感じながらゆっくり歩いた。
曲がり角まで来ると、ふと立ち止まって自宅を振り返ってみる。
例の道路も、相変わらず雑草が滑り出している公園の花壇も、何も異常はなかった。
「気のせい。きっと」
小声で呟く。
そうだ。昨日遅くまで、趣味に耽っていたからだ。
やり始めたらどうしても止まらなくなり、あみぐるみを編んでいたのだ。
楕円形の可愛らしいフォルムのペンギンで、以前作って部屋に飾っていたものを、従姉妹の愛佳が大層気に入ったのだ。好きな色で同じ物を作ってあげると言うと大喜びしていたので、早く仕上げてあげたかった。
ペンギンは後は綿をつめるだけだ。そう、そこまで夜更かしして集中して編んでいたから――――
「きっと目が疲れてたんだ」
自分を納得させるために、声に出して呟く。
こうして声に出して唱えてみると、本当にただの気のせいであるように思える。段々と恐怖心が薄らいでいくのだった。
侑子は無理矢理別のことを考えて思考を切り替えようと努めた。
学校が終わったら、そのまま叔父の家に行く前に、作りかけのあみぐるみを家で仕上げてしまおうと考え始めた。