魔道具
「ユーコちゃん。魔法の練習するなら、うちの畑でやればいいわよ」
その後、侑子の透証を発行するため、早速手続きに向かったエイマンと別れ、侑子はユウキ、リリーとともに商店街を歩いていた。
仕事があるジロウは変身館に残り、ユウキとリリーが街を案内してくれることになったのだ。
歩きながら、侑子が魔法を使えないことや、彼女の魔力に色がないことが話題になった。魔法については、リリーもジロウと同じく練習すれば侑子にも使えるようになるだろうと考えているようだった。
そして彼女は、侑子にとって嬉しい情報を一つ持っていた。
「エイマンのお父さんと親しかった、トコヨノクニから来た人ね。その人も魔法を使えたらしいわよ」
「そうなんですか? 使えたんだ、魔法」
自分にも可能性がある。
そう思えるだけで、素晴らしい情報だった。ユウキも興味を引かれたらしく、続きを促す。
「どんな魔法だったの?」
「普通とは少し違ってたみたい。でも、私もエイマンから聞いただけだから、詳しいことは分からないのよ」
「へえ……」
「ただ、エイマンのお父さんは、その人がよく爆発させてるところを見たって」
「爆発?」
「政府から頼まれて研究してたらしいの。エイマンのお父さんもそこを見に行ったことがあって、とにかく爆発ばっかりしてたって」
だからね、とリリーは侑子に冗談っぽく笑いかけた。
「ユーコちゃんも、練習中に爆発させても大丈夫なように、広くて周りに何もない場所のほうがいいと思うの。うちの畑、今は何も育ててないし、ただの空き地だからうってつけよ。思う存分爆発させて構わないわ」
◆◆◆
商店街を歩きながら、侑子は考えていた。
――本当にこのまま元の世界に戻れなくて、ここで一生を過ごすことになるとしたら。真剣にこの場所で生きていく術を身につけなきゃ
さしあたり必要なのは、この世界での一般常識を知ることだろう。
幸い話し言葉は通じるが、書き言葉はどうなのだろう。街中で見かける文字は、ひらがな、カタカナ、漢字といった、日本語で使われるものが多いようだった。一方、アルファベットで書かれた単語には侑子の知っている英単語もあれば、見慣れないものもある。そして、どこの国のものか分からない文字も、ときどき見かけた。
そして魔法だ。
まだ実感は湧かないが、この国では誰もが使えて当たり前のものらしい。侑子も身につけたほうがいい能力なのは間違いなさそうだ。
早速明日からリリーの家で魔法の練習を始めようという話がまとまったので、侑子は密かに気合を入れていた。
――それからお金のことも知らなくちゃ。学校も……どうすればいいのかなぁ。魔法が使えないと、通うのも難しいのかな。そもそもどういう教育システムなんだろう。ユウキちゃんは義務教育は十八歳までとか言ってたけど
考えることはたくさんある。
気が遠くなりそうだが、あれやこれやと現実的なことで頭がいっぱいなうちは、感傷的にならずに済むだろう。
侑子は思案しながら、前を歩くリリーの背中をなんとなく追っていた。すると突然、隣を歩くユウキに腕を引かれ、足を止められた。
「ユーコちゃん、これだよ」
服飾品を扱う小さな店の前だった。
髪飾りやアクセサリーなどの細々としたものが、細い通路の両側に所狭しと並んでいる。
ユウキが示したのは、大通りに一番近い陳列棚の一角だった。そこには商品説明のポップが添えられている。
記された文字を読んでみると、『防視効果付加済み! あなたの秘密を守ります』と書いてあった。
「防視効果……って書いてある。この布と同じ便利グッズってこと?」
「その通り。どれでも同じだよ。形はいろいろあるから、好きなもの選んで」
侑子は自分の身体を守るように巻きつけた布を見て、それから目の前の商品へ視線を移した。
イヤリングや指輪、ネックレス、シュシュやバレッタなど、形はさまざまだ。素材も金属から布まで幅広い。今、侑子が身につけているものに一番近いのはストールだろう。
「なるほどね。確かにユーコちゃんは、身につけておいたほうがいいわ」
リリーも頷いた。
「どれも、この布と同じように魔力を隠してくれるんですか?」
「そうよ。小さすぎて心配してる? 大丈夫。効果は道具そのものの大きさとは関係ないの。この道具から、自動でベールみたいな魔法が広がって、持ち主の魔力を外から見えなくする。そういう魔道具なの」
「へえ。そうなんだ……魔法の道具かぁ」
魔法の道具、という響きはずいぶんファンシーに聞こえたが、目の前の魔道具は侑子から見てもかなり実用的なデザインだった。
指輪やイヤリングは、昨日ユウキが身につけていたものよりだいぶシンプルだし、シュシュに至っては、侑子のいた世界の店先に置かれていても違和感はないだろう。
「気になるものはございましたか?」
店の奥から店員がやってきた。藍染めの作務衣を身につけた、細身の中年男性だった。
「指輪やバングルはサイズを調整しますから、お気軽にお試しくださいね」
にこりと親しみやすい笑みを向けられ、侑子もつられるように笑顔になった。
「これ、みんなお兄さんが作ったものなの?」
ユウキの問いに、店員は首を振った。
「いや、うちの嫁さんが作ったものですよ。僕はあまり器用じゃなくて。接客担当です」
「シンプルで使いやすそうね。魔力の歪みもない。奥様は腕のいい職人さんなのね」
「ありがとうございます」
リリーは指輪の一つを手に乗せて観察している。金色の金属だけで真円を描くその指輪は、小さいながらも鋭い光を放っていた。
「魔道具にも魔力が宿っているのよ。作り手の魔力がね。作り手が魔力を細かく調整するのが上手であればあるほど、こういう道具の効果も安定するの。そういう状態を『魔力の歪みがない』っていうのよ。ユーコちゃんも魔力が見えるようになったら、きっと分かると思う。ここの魔道具、どれも魔力が綺麗に入ってる。きっと上手に隠してくれるわ」
リリーが小声で侑子に教えてくれた。
侑子は説明を聞きながら、一つ一つの魔道具をじっくり観察した。店内の照明を受けて輝く商品が、こちらを見つめ返してくるようにも感じられたが、宿っているという魔力は、やはりよく分からなかった。
「これ、綺麗だな……」
身につけているときに目に入りやすく、なくしにくいもののほうがいいだろう。
そう考えた侑子は、銀色に光る糸で編まれた組紐のブレスレットを手に取った。
両手で顔の近くまで持ち上げると、同じ銀色でも微妙に色味の異なる数種類の糸を組み合わせて編んであることが分かった。侑子もミサンガを編んだことがあったので分かったが、その中でも筒状に仕上がる編み方をしているらしい。どの角度から見ても編み上がった模様が見える。銀のグラデーションが、控えめながら繊細な輝きを放っていた。
「その腕輪は使いやすいですよ。柔らかくて軽いですし、サイズ調節もしやすいです。結び目の左右の糸端を引っ張ると輪が細くなって、中心の結び目を押さえながら輪を左右に引くと広がります」
店員が侑子の左腕に装着し、調節方法を説明してくれた。
「いいね。ユーコちゃんの肌に合う色だ。お兄さん、これください」
即決だった。
ユウキは数枚の硬貨を店員に渡すと、にこにこしながら侑子の腕を取ってブレスレットを眺めた。
「本当に魔力の歪みがない。ばっちり」
「あの、本当に買ってもらってよかったの? ありがとう……。いくらだったのか分からなかったけど、高いものじゃなかった?」
おずおずと訊ねる侑子に、ユウキは肩を揺らして笑った。
「子供がそんなこと気にするんじゃないよ。ちゃんと支払えてたでしょ?」
「まあ。自分だってまだお子様のくせに、偉そうなこと言っちゃって」
リリーが吹き出した。横目で軽く睨まれると、ふふっともう一度笑った。
「ごめんごめん。でも私から見たら、まだまだ若いのは間違いないから。ね」
「リリーだって二十六じゃん。まだ若者でしょ」
「ありがとう。普通に嬉しい」
三人は再び歩き出した。
侑子はワンピースの上から身体を覆っていた布を外してみた。防視効果のある魔道具を身につけたことで、本当に自分の魔力が見えなくなったのか、ユウキとリリーに確かめてもらいたかったのだ。
「ちゃんと見えなくなってるよ」
「うん。ちっとも見えない。欠片すら見えないわ。やっぱりいい魔道具だったわね……って、素敵なワンピース! それ、ノマさんが作ったもの?」
リリーが目を細め、侑子の菫色のワンピースを褒めた。
「たぶん、そうです。綺麗ですよね」
うんうん、と強く頷きながら、リリーは口を開いた。
「ノマさんはお裁縫がとっても上手なのよ。私も小さい頃、よく作ってもらってた」
「お裁縫が上手なことと、魔法で洋服を出すのは、何か関係があるんですか?」
侑子は引っかかった疑問を口にした。
確か昨夜、ノマは魔法で服を出現させていた。今着ているこのワンピースだって、おそらくそうなのだろう。
「あるわよ。魔法で何かを作り出すときには、それがどういう構造をしてるのか、何からできてるのか、そういうことを理解してないとうまく作れないの。熟知していればしているほど、想像したものを高い完成度で作り出せる。裁縫でいえば、糸の引き具合とか、布の素材に適した糸は何かとか、そういう知識や経験も大切ね。魔法ってそういうものよ」
「そうなんだ……」
もっと単純に、頭の中で唱えれば、ぱっと何でも出現させられるものなのかと思っていた。
侑子が「魔法」という言葉から想像していたものより、実際にはずっと複雑なのかもしれない。
「自分の魔力属性に近くて、構造が単純なものほど扱いやすいの。物質の構造なんて知らない小さな子供でも、指先に水滴を出したり、小さな火花を散らしたりすることはできるのよ」
七歳になって学校へ入ると、少しずつ複雑な魔法も習うようになるらしい。そのために、身の回りにある物質の構造や性質についても学ぶのだという。
「服を魔法で作るのが上手な人は、お裁縫で服を作っても上手に仕立てられる。もちろん、手で作れば時間はかかるけどね。さっきの魔道具屋さんの職人も、きっと魔法を使わなくても素敵な品物を作れるはずよ」
「なるほど。ああ、だからユウキちゃんは、膝の怪我を魔法で治すことはできないって言ってたんだね」
侑子は新しい絆創膏を貼った自分の膝を見下ろした。昨日手当てをしてくれたとき、ユウキは「治癒には詳しくない」と言っていた。
「怪我を魔法で治すのにも、医療の知識が必要ってことなのかな」
「ピンポン。そういうこと」
ユウキが笑った。
「例えば傷を治すなら、今、皮膚がどういう状態になってるのか、元に戻すには何が必要なのか、それを理解してないといけないんだ。ただ『治れ』って思えば元通りになるわけじゃない。必要なものや手順を頭の中で組み立てて、そこに魔力を働かせる感じかな」
「難しそう……」
「難しいよ。俺、そういう分野は苦手なんだ。学校でも簡単な応急処置は習うんだけど、なかなか覚えられなくて」
ユウキは苦笑いした。
「なるほど」
漠然と手品のようなものだと思っていた魔法の実態が、少しだけ見えた気がした。
それと同時に、ぼんやりとしていたこの世界の輪郭も、ほんの少しずつなぞれるようになってきた気がした。




