透明な魔力
「そうそう、ユーコちゃん。さっき伝え忘れてたけど、ジロウさんのライブハウスの名前、『変身館』って言うんだよ」
そろそろ行くぞぉ、と呼ぶジロウの声が、ユウキの透証から聞こえてきた。
耳にしたライブハウスの名称は意外な響きで、侑子は思わず聞き返してしまった。
「へんしんかん?」
「変な名前だよね。けど面白いんだよ。ちょっとしたルールがあってさ……」
『変身館』にはルールがある。
店に入った者は、必ず何かしらの変身をしなければならない。眼鏡一つ身につけるだけでも構わないから、普段の自分とは違った姿になること。
「へえ。面白い」
仮装大会みたいだ。しかし侑子にとっては、昨日から目にしてきたこの世界の人々すべてが、まるで壮大な仮装大会をしているようにも思える。あれほど奇抜な格好をした人々が、いったいどう装いを変えれば、普段とは違う姿になるのだろう。
「だからユーコちゃんも、変身しないとね」
「私?」
唐突に自分に矢印が向いたので、侑子はぽかんと口を開けてしまった。
「そうだよ。今から行くんでしょ? 変身館に。手伝ってあげよう」
ユウキは侑子のお下げの片方を優しく持ち上げると、一瞬の後に明るい菫色に染めてしまった。
「ワンピースの色とお揃いにしてみたよ。それと、これも」
いつの間にか出現させた黒縁の眼鏡を、唖然とする侑子の顔にかける。自分も同じような眼鏡をかけると、こらえきれずに吹き出した。
「なんて顔してるの、ユーコちゃん。魔法慣れしなさすぎだよ」
侑子は抗議するような目を向けたが、ユウキは悪びれずに笑った。
「髪の色はすぐ元に戻せるよ」
「うーん。でも変じゃない……?」
鏡がないので後ろまで見えないが、左右のお下げを確認すると、それぞれ黒と菫色のまったく違う髪が目に入った。かなり奇抜な頭になっているに違いない。
「こんな色の髪の毛、見たことないよ」
「こっちでは普通なんだよ。ユーコちゃんも、なんとなく分かってきてるんじゃない?」
「……半分ずつなんて。おかしくない?」
「おかしくない。その黒髪、綺麗な色だから全部染めちゃうのはもったいない。それに、他人の髪色や格好を気にする人はいないよ。それより俺が気にしたほうがいいと思うのはね……」
ユウキはふと真顔になり、侑子を見つめた。どうしたのかと見上げると、意外なことを訊かれる。
「昨日、身体に巻いてあげた布、持ってる?」
侑子は「あっ」と声を上げた。昨日、入浴後に返そうと思って、そのまま部屋に置いてきてしまっていた。
「ごめん、返そうと思ってすっかり忘れてた。ブローチも。今持ってくるよ」
「うん、それは大丈夫。あと、あの布とブローチはユーコちゃんにあげるよ。特に布のほうは、君には必要な物だと思うから」
「え?」
真意が分からず首をかしげると、ユウキは少し困ったような顔で説明した。
「魔法が使えると、他人の持ってる魔力の属性とか、どれくらい消耗してるかとかが、なんとなく見えるって話をしたよね? もちろん、意識して見ようとしないと見えないものなんだけど……」
しばらく言葉を探すように視線を泳がせた後、ユウキは再び侑子を見た。
「ユーコちゃんの持ってる魔力、色がないんだ。それって珍しいんだよ」
「色がない?」
「魔石にそれぞれ色がついていたように、魔力にも属性に対応した色がついてるんだ。炎は赤系、水は青系みたいにね。それぞれの魔力の個性によって、濃淡や色合いも違ってくるんだけど」
侑子は自分の身体を見下ろし、意識して目を凝らしてみる。ワンピースから伸びる足や腕のほかに、特に目に入るものはない。透明と言われればその通りなのだが、きっとユウキの言っていることとは違うのだろう。
「……今のユーコちゃんの魔力、ちょっとだけ青っぽいんだ。ほんのちょっとだけ。たった今、君の髪の毛に魔法をかけたから、俺の魔力が混ざり込んでる」
侑子の考えを見透かすように、ユウキが言った。
「俺の魔力は青なんだよ。それは俺の身体の中に流れている魔力の多くが、水属性だってことを意味してる。そういう人は、水の魔法を扱うのに特に長けてる。他の人が俺の魔力を見たときには、青く見えるはずだ」
「……私には何も見えないんだけどな」
ユウキの顔をまじまじと見つめてみても、彼の褐色の肌と緑の瞳、灰色の髪しか確認できない。青い色彩はどこにもなかった。
「他の人の魔力が見えないのは、おそらくまだ魔法を使うことができないからだよ。ユーコちゃんが何か、小さなものでも魔法を使えたら、それは魔力を身体の外に出せたってことになる。そうしたら、他の人の魔力も見えるようになるんじゃないかな。だけど俺が分からないのはね……」
ユウキは独り考え込むように、静かな口調で疑問を口にした。
「なぜ君の魔力には、色がないんだろう?」
「……さあ。なんでかな」
その問いに答えることは、侑子には無理だろう。魔法が使えるようになったとしても、分からないに違いない。世界の真理を一瞬で理解できるような魔法でも使えない限り、答えには辿り着けそうになかった。
「あの布……昨日ユーコちゃんに巻いた布ね。あれは、他の人から自分の魔力を隠してくれる便利グッズ」
ユウキは考え込んでいた顔を、ふっと緩めた。
「いつも曲芸する前は、あれでネタバレを直前まで隠してたんだ。あの布は才も隠すから。才は、見える人には普通の魔力とは少し違って見えるらしい。俺には見えないけど。才の珍しさだけでお客さんが集まってきても、つまらないなぁと思っててさ」
ぽん、と侑子の頭に手を置く。
「やっぱり不思議だな。ほとんど色がない。今は俺の魔力が少し混ざって、ほんのり青く見えるけど」
「そんなに珍しいの?」
「少なくとも、俺は見たことないよ。理由が分かる人なら、どこかにいるかもしれないけどね」
その言葉に、昨日スーツ姿の男に追われたときの恐怖が蘇り、侑子はわずかに顔を強張らせた。
それに気づいたのか、ユウキは安心させるように笑った。
「そういう煩わしさから遠ざかるためにも、便利グッズは使えるんだよ。あの布は安物だし、身体をぐるっと隠さないといけないんだけど、ストール型とかアクセサリー型とかいろいろあるんだ。魔力を他人に見られたくない、恥ずかしがり屋もいるからね」
「……布、借りてていい?」
「あげるよ。そんなに怖がらなくて大丈夫。赤の他人の魔力をわざわざ見ようとすることなんて、実際にはそんなにないし」
◆◆◆
侑子は部屋に戻り、畳んであった布を広げた。ふわりと揺れるその布は、薄いのに透け感のない、不思議な布だった。
昨日ユウキがやってくれたように、肩からぐるりと二回ほど身体に巻きつけ、ブローチで固定する。
「大丈夫。見えなくなったよ」
後ろから部屋に入ってきたユウキが、姿見の背後から顔を覗かせた。
「でもワンピースが見えなくなっちゃったね。せっかく髪色も合わせて可愛かったのに、残念。やっぱり身体を隠さなくても大丈夫なやつを買おう。プレゼントするよ」
にっこり笑うユウキが、非常に頼もしく思えた。
「……私の魔力が変な色なのって、やっぱり私がこの世界の人間じゃないからかな?」
鏡に映る自分の髪の色には、やはり違和感が拭えない。
けれど、この世界ではおかしくないのだ。その常識の違い一つだけで、自分の存在までひどく心許ないものに思えてくる。
ユウキの両手が、肩にそっと触れた。
「そうだとしても、心配ない。ユーコちゃんは一人じゃない。珍しいってだけで、トコヨノクニから来た前例はあるんだから。それに、俺やジロウさんが一緒にいる。大丈夫だよ」




