月の船 星の林
「ユウキ、休まないの?」
テントから顔を出したアミに声をかけられる。
「灯り消しちゃうけど」
「いいよ、先に休んでて。もう少し起きてる」
「早めに寝ろよ」
「ああ」
灯りが消え、辺りは真っ暗な闇に沈んだ。
やがて目が暗闇に慣れてくると、頭上に賑やかな細かい星々がまたたいているのが見えた。月明かりに照らされ、木々の影やテントの輪郭も浮かび上がっている。
「半月か」
上弦の月だった。
空に浮かぶ半月を眺めているうちに、ユウキの頭に一首の歌が浮かんだ。
「天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ」
自然と口をついて出た歌は、これまで何度も詠んだことがあった。多くは噴水広場での曲芸の場で、派手に着飾った姿で唱えてきた。
侑子が手紙にこの歌を書いて送ってきたこともあった。向こうの世界にも存在したと、嬉しそうに報告してくる彼女の顔が思い浮かんだものだ。
天の川は文字通り、乳白色の川のように夜空を横切っている。その傍らに浮かぶ半月を眺めていると、本当に天の海を進む船のように見えてきた。
「星の林とは、よく言ったものだな」
大小様々な幾多の星が埋め尽くす夜空は、人の手が入らぬ木々が鬱蒼と茂る森のようだ。今まさにユウキが佇んでいる場所そのものではないか。
「歌の景色とそっくりだ」
語りかけは、歌に宿るとされる精霊に向けてのものだ。
本当に精霊が存在するなんて、ユウキはあまり意識したことはなかった。ただのおまじないだと思う一方で、いつも小さな希望として拠り所にしていた気もする。
「あの子に会わせてくれ」
歌の中に表現された世界とそっくりの景色が、ユウキの頭上に広がっている。
精霊は喜んでいるだろうか。
もし機嫌が良いのなら、願いを叶えてほしかった。切実なのだ。
ユウキは無意識に力を込めていた指を、そっと開いた。
手の中から現れたのは、白い小さなクマだった。深い闇の中でも、月明かりでぼんやりと輪郭が分かる。首元には細かな青い硝子の鱗が並んでいた。
侑子がクリスマスプレゼントとして手紙に入れて送ってきた、小型のあみぐるみだった。彼女が編んだものの中では最小のものだ。
このクマだけは動かない。
侑子が元の世界に帰った後に作られたものだからだ。魔法のないトコヨノクニでは、侑子はあみぐるみに命を吹き込むことができない。
「会いに行くよ」
手の中に横たわる小さなクマに向かって、ユウキは呟いた。
「俺たちはまた、出会えるはずだ」
『言霊』と口にした侑子の顔が浮かんだ。彼女が時折使う、異世界のまじないだった。




