↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青い半魚人  作者: 松下真名
第三章
PR
202/206

約束

 侑子を王都へ送り届ける役目に就いたのは、ヤヒコとヤチヨの兄妹、そしてヤヒコの長男コルだった。

「もう十歳だからな。そろそろ拠点間の移動以外の経験を積むには、良い頃合いだろう」

 息子の同行を長に持ち出したのはヤヒコだ。ランはすぐに承諾し、期待に瞳を輝かせる少年の肩に手を置いた。

「頼むよ、コル。来訪者を無事に王都へ送り届けてくること。責任は重大だが、滅多に経験できることではない。しっかり父と叔母の姿を記憶に焼き付けてくるのですよ」

「はい」

 重みと凄みのある声には、年長者ならではの迫力があった。神妙に返事をしたコルだけでなく、横にいた侑子にも緊張感が伝わってくる。

「よろしくお願いします、コル」

 自分に向かって深く頭を下げた侑子に、コルは目を瞠り、すぐに深く頷いた。

「ユウコ。俺、ちゃんと王都まで送っていくからな。父さんとチヨちゃんの足手まといにならないように、気をつけるから」

 少年の声は澄んでいた。純粋な響きと真摯な言葉が、侑子には眩しく感じられた。

「よし! コル、頑張るんだぞ。基本は普段の移動と同じだ。俺が前を行く。チヨがしんがりだ。お前は基本的にユウコのすぐ後ろを守る。たまに俺と先頭を代わりなさい。いいか?」

「はい」

 いつもの親子の会話では敬語を使わない。しかし長から何かしらの任務を任された際には、勤め上げるまで、家族であっても経験のある者を敬い従うことが習わしだった。

 出発は、晴れの日が二日続いた翌日に決まった。



◆◆◆



(機械いじりが好き)

 出発を翌日に控えた夜、侑子はヤチヨのテントで二人並んで談笑していた。出会ってからメムの里で過ごす間に、同い年の二人はすっかり仲を深めていた。生まれ育った環境はまるで違い、ヤチヨは専ら筆談だったが、そんな違いを越えて打ち解けている。

「機械いじり?」

 ヤチヨは頷くと、テントの片隅に置いてあった小型の工具箱を指し示した。そしてザックの中から、何やら長方形の黒っぽい物体を取り出した。一見すると、テレビのリモコンのようである。片面には細かな穴がいくつも開いており、反対側にはボタンとスイッチが見えた。

「これ、ヤチヨちゃんが手作りしたの?」

 侑子の予想は当たったようだった。ヤチヨは嬉しそうに頷くと、カチリと小気味良い音を立ててスイッチを押した。

(何か歌って)

「歌? えーと……じゃあ」

 タブレットに記された指示通り、侑子は昼間、子供たちと歌った歌謡曲を口ずさんだ。

 一回目のサビを歌い終えたところで、再びカチリと音が聞こえる。侑子が歌を止めると、ヤチヨはスイッチの横にある緑のボタンを押した。

『歌? えーと……じゃあ』

 先ほどの侑子の声と歌声が、黒い物体から流れてきた。かなり明瞭な音だ。

「ああ! これ、レコーダーだったんだ」

 感嘆する侑子に、ヤチヨは嬉しそうに何度も頷いている。先ほど緑のボタンを押したところで音声は途切れ、再びヤチヨがボタンを押すと、また『歌? えーと……』から侑子の声が流れ始めた。

「これ、ヤチヨちゃんが一人で作ったの? イチから?」

「ウ、ウ」

 頷きとともに、ヤチヨの口からか細い声も聞こえる。「うんうん」と言っているのだと侑子は受け取った。

「すごいね! かなり音質も綺麗じゃない?」

(五分まで録音できる)

「へえ。本当にすごいね。私、こういうの全然分からないから尊敬するよ」

(たまに街へ降りた時、ジャンク品を漁ってくる。移動の荷物にならないくらいしか工具は持てないけど。メム人は手先が器用。私のほかにも機械いじりが好きな人、多いよ)

「そうなんだ」

 機械と聞いて、侑子はアオイのモジャモジャ頭を思い出した。彼は大学で機械について研究しているはずだった。二年前の手紙では、王都に戻って研究開発を続けていると近況が綴られていた。

 そんな話をすると、ヤチヨは大きな瞳を輝かせて食いついてきた。

(王都に行ったら、その人もいるかな?)

「どうだろう。最後に連絡が取れたのは二年前だからな……確か、手紙が届かなくなった頃に王都の大地震があったんだよね?」

 侑子の言葉に、ヤチヨははっとした顔をした。すぐにその顔が悲しげに歪む。

 侑子が二年前に王都を直撃した大地震のことを知ったのは、ヤヒコと山中で合流した後だった。里へ向かう背負子の上でその話を聞き、呆然とした。

 文通が途絶えた理由が判明した。おそらくリリーの家の屋根裏は無事ではなかったのだろう。

「大丈夫! 心配しないで。もう大丈夫だから」

 すまなそうに肩をすくめるヤチヨの背中を、侑子はさすった。

「見えないところでいくら心配していても仕方ないでしょ? 明日には出発するんだし、すぐに分かるよ……みんなどうしてるのか。アオイくんはもしかしたら、今も王都で機械を作っているかもしれない。そうしたら絶対に紹介するからね」

 そう、いくらあれこれ懸念しても妄想でしかないのだ。幹夫の言葉が蘇った。

「それに……書いてあった。手紙に。『何があっても、無事を貫くと約束する』って。信じてるよ。だからきっと大丈夫。みんな元気だよ」

 ヤチヨを安心させるために声にした言葉を、侑子自身も噛み締めていた。

 便箋の上のユウキの筆跡が目に浮かんだ。彼の字は美しかった。

『愛してる』

 その言葉の後に、約束すると書いてあったのだ。

 ユウキがそんな約束を破るなんて、考えられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。