行進
深い樹海の中を、一列に並んで歩いた。
先頭は頭頂部だけが青い白クマで、背中一面が硝子の鱗で輝いている。そのすぐ後ろを行くのは紡久だ。彼は覆い茂った草木を見つけるや、速やかに魔法で薙ぎ倒した。
こうして道を作りながら、大小のあみぐるみたちと人間の男三人が成す奇妙な行列は、深い森の中を前進し続けた。
王都を出発して五日目だった。まだ昼前だが、深い木々に空は覆われ、足元が曖昧なほどに薄暗い。
「休憩しよう」
最後尾を歩くアミの声で、一同は歩みを止め、お互いの顔が見える位置まで移動した。自然と列の中央にいたユウキを囲むような陣形になる。
「水、飲みますか」
紡久がザックにぶら下げたカップを手に取り、魔法で水を満たした。
受け取ったユウキは笑った。
「ありがとう。ツムグくんがついてきてくれて、本当に良かった」
「彼がいるおかげで、水の心配がないんだものな。荷物も軽い」
頷いたアミは辺りを見回しながら、手に持った地図を確認している。しかし、すぐに首を振った。
「どの辺りを歩いているのか、さっぱり分からない。ツムグくんがいなかったら、立派な遭難者だ」
ぷぅぷぅ! と、あみぐるみたちから非難するような音が漏れる。
三人は笑った。
「信用しろって言ってるのかな」
紡久が抱き上げたクマ(特大)は、頭を上下させている。頷いているのだろう。
「悪かったよ、信じている。でなかったら、ついて行こうだなんて思わなかったさ」
アミは機嫌を取るように、小さなあみぐるみたちを肩に乗せてやった。満更でもなさそうに、ピィピィ歌う声が聞こえてくる。
笑う三人の男たちは腰を下ろし、足を休ませながら軽食をつまんだ。
食物を噛み締めていると、現実感の薄い樹海の外へ意識が解放されていく。この場所に至るまでの記憶が、三人の中に蘇っていった。
◇◇◇
あみぐるみたちの案内で侑子を迎えに行くと言い出したユウキを、止められる者はいなかった。実際にあみぐるみたちは動いていたし、彼らから侑子の魔力を感じ取ったのはユウキだけではなかった。
一番初めに同行者として手を挙げたのは、アミだった。
『ユウキがステージに立たないんじゃ、俺も仕事を休まざるをえないだろう? あみぐるみだけじゃ話し相手がいないじゃないか。護符も役に立つと思うよ』
そう理由を述べたアミは、テーブルの上に数種類の護符を並べた。
炎を起こす札、水脈へ導く札など、確かに普段から避難所で重宝される護符ばかりだった。人々の魔力枯渇や回復の遅れが当たり前になった昨今では、神職が提供する護符は魔石に代わる生活必需品になっていた。提供できる量は魔石より圧倒的に少なく、効果も弱いうえに一時的なものだったが、それでも人々は縋るように求めた。
『俺も。一緒に行きたい』
次に立ち上がったのは紡久だった。彼は宣言した直後、伺うようにジロウの方を見た。
『……いいですか? やっぱり、こっちに残った方がいいでしょうか……』
来訪者である紡久の魔力は、他の人々のように枯渇することがなかった。魔法を使えば当然消費する。それでも回復する速さは以前と変わらず、ヒノクニの人々のように回復が遅れたり、戻らなくなったりすることもない。
その事実は、混乱を避け、紡久本人の安全を守るため、世間には固く伏せられていた。一方で紡久はこの数年間、エイマンとラウトを通じて自身の魔力を魔石として供給し、人々の生活を密かに支え続けていたのだった。
――突然いなくなったら、みんな困るだろうか
しかし、侑子が戻ってきたかもしれないという驚くべき事態を、一刻も早く確認したくてたまらなかった。それに、目的地が明確ではない旅に向かうユウキが純粋に心配だったのだ。
侑子との文通が途絶えてから、ユウキは自分自身を顧みなくなっていた。大きく地が揺れても、滝のような豪雨が止まらなくても、促さなければ逃げようとしなかった。普通なら二の足を踏むような危険な救助作戦にも、深く考えず身を投じるようになった。
――生に興味がなくなったみたいだ
紡久にはそう見えた。
侑子との繋がりを失ったことで死に急いでいるのかとも思ったが、多分それも違う。
生に興味がないのと同様に、死にも興味がない。
境界の見えない虚無だけが、ユウキの心に広がっているのだ。
そんな状態だったユウキを、放っておけなかった。
――もし、万が一、この旅の先に侑子ちゃんがいなかったら……
恐ろしくなって、その先の言葉を考えることすらできなかった。
『こっちのことは心配するな。ユウキについていってやってくれ。ツムグくんが一緒なら、こんなに安心なことはないよ』
ジロウから旅の同行を後押しされ、紡久はほっと胸を撫で下ろした。大きく頷いていた。
◇◇◇
「二人とも、本当にありがとう」
突然の謝意に、紡久とアミは同時にユウキへ顔を向けた。
「一人で飛び出してきたら、多分ユーコちゃんを見つける前に野垂れ死んでた」
苦笑いするユウキの顔が、酷く懐かしいものに見える。
「まさかこんな、道すらない場所を通るなんてね。ちっとも考えてなかった」
首を傾げるあみぐるみに、アミは大きく笑った。
「それは誰にも予想できなかっただろうなあ。あみぐるみサイズなら通れても、人間は難しい場所ばかりだ」
「一人でこういう所をずっと彷徨ってたら、気が触れてたかも。だからこうやって会話できる仲間がいて、本当に良かったって思ってるんだ……ユーコちゃんに会うまでは、絶対に死ぬことはできないから」
紡久はその言葉に目を瞠り、ユウキを見た。
虚ろでも投げやりでもない、凛とした光が緑の瞳に宿っていた。
――よかった
一切の心配を手放してその言葉を口に出せるのは、もう少し先の未来かもしれない。
それでも紡久は、久々に目にしたユウキの爛々と光る瞳に歓喜せずにはいられなかった。




