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青い半魚人  作者: 松下真名
第三章
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異世界の歌

 ランとの話が終わると、侑子は一人テントを出ることになった。ヤヒコとヤチヨはまだ話があるらしく、「身体を休めるといいよ」と告げると、その場に残った。

 

「ユウコ! あそぼ!」

 テントを出た途端、左右からスサとノハが飛びついてきた。侑子の腕に人懐っこくまとわりつく二人を、母親のキノルがたしなめる。

「こら。だめよ。歩きにくいでしょう、離れなさい」

「やーだ」

「ユウコ、遊ぼう!」

 双子と聞いていたが、顔は瓜二つというわけではない。スサは母親似の切れ長の目をしている一方、ノハはヤチヨと同じ丸く大きな目を持っていた。短く切りそろえた髪は二人とも黒々としていて、日本で普通に見かける子供と変わらない。

 服装もラフでカジュアルだ。日本の量販店に並んでいそうな服で、これはメムの大人たちにも共通していた。

 ヒノクニの人々が色も形も個性的な服を好んでいたことを思えば、メムの人々の姿は侑子にとってずいぶん見慣れたものに映る。

 テントやタープも、日本のキャンプ場で見かけるものと大きく変わらない。移動生活をする少数民族と聞いて侑子が勝手に思い描いていた姿とは、かなりかけ離れていた。

「ごめんね、疲れたでしょう。こら、いい加減にしなさいよ」

「大丈夫ですよ」

 侑子はつい笑って答えたが、双子に手を引かれながらも心ここにあらずだった。

 小さな子供と遊んだ経験などほとんどない。そもそも、たった今聞いた話を整理するだけで頭がいっぱいだった。

 対の理。

 無色の国。

 天膜。

 そして、来訪者。

 自分たちの魔力が、この国を守る天膜を生み出していた。

 しかも、それにはヒノクニを愛する気持ちが必要だという。

——国と人を愛することで、天膜を直せる……ヒノクニを救える……

 なんだか現実感の薄い、壮大な話のように思えた。しかしメム人たちの顔は真剣だったし、ヒノクニが国の憂き目に陥っていることも事実だ。

——国を救うなんて大仰なことが、本当に私にできるの?

 考えれば考えるほど、疑問が浮かんでくる。

——でも、愛することなら

 ユウキの顔が、脳裏に浮かんだ。

 

「ねえ、何して遊ぶ? ユウコ?」

 自分たちの寝床なのだろう。小さなテントまで侑子を引っ張っていくと、ノハが瞳を爛々と輝かせて尋ねた。

「そうだなぁ。じゃあ、歌でも歌おうか」

 もうこれ以上、考えることはできなかった。

 ほとんど思いつきでそう言うと、侑子は手拍子を始めた。

 意外な提案だったのだろう。スサとノハはぽかんと侑子を見ていたが、その口から歌声が滑り出した途端、二人の顔がぱっと明るくなった。

「楽しい歌ね」

 気づけばキノルの手拍子も加わっていた。

 ランのテントにいたはずのコルとミサキも、歌声に誘われるように近くまでやってくる。

 一曲歌い終えると、真っ先に声を上げたのはスサだった。

「聞いたことないなぁ」

 切れ長の目を細め、不思議そうに首を傾げている。

「異世界の歌だからね」

 侑子は笑った。

「へええ!」

「異世界の歌!」

 子供たちから次々と興奮の声が上がった。

 侑子が歌ったのは、日本の幼児番組で長く歌われてきた定番の曲だった。侑子自身も小さな頃から何度も耳にしている。日本で幼少期を過ごした者なら、多くの人が一度は聞いたことのある歌だろう。

「もっと歌いたい?」

「歌いたーい!」

 合いの手のような抜群の反応に、侑子は吹き出した。

 疲れ切った身体も、考えすぎて空回りを始めていた頭の中も、歌声の後ろへ霞んでいく。

「じゃあ、今度は歌いながら遊ぼうか。私の国に、昔からある遊びなんだけど」

「どんな遊び?」

「かごめかごめっていうの。みんなで輪になって、一人だけ真ん中に入るんだよ」

 侑子は四人の子供たちを集め、手を繋がせた。

「真ん中の人は目を閉じて、しゃがんでいてね。周りの人は歌いながらぐるぐる回るの。歌が終わったら、真ん中の人の後ろにいるのが誰なのか、当てるんだよ」

「見ちゃだめなの?」

「だめ。声とか気配だけで当てるの」

「面白そう!」

「やる! 僕、真ん中!」

 真っ先に手を上げたノハが輪の中央にしゃがみ込んだ。

 侑子はその前に膝をつき、目を閉じるように促した。

「ちゃんと閉じてね。薄目もだめだよ」

「閉じてる!」

「本当かなぁ?」

 わざと疑わしそうに覗き込むと、ノハは両手で顔を覆った。その仕草がおかしくて、周りの子供たちが笑い出す。

「じゃあ、始めるよ。私が歌うから、みんなも覚えてね」

 侑子は立ち上がり、三人の子供たちと手を繋いだ。ゆっくりと輪を回しながら、歌い始める。

「かごめかごめ、籠の中の鳥は、いついつ出やる……」

 聞き慣れない旋律に、子供たちは耳を澄ませた。侑子は一節ずつ、なるべくはっきりと歌って聞かせる。

「夜明けの晩に、鶴と亀が滑った……」

 輪はゆっくりと回り続ける。最後の一節に差しかかると、侑子は子供たちに目配せをした。

「うしろの正面だあれ」

 歌が終わり、輪が止まった。

「はい、ノハ。後ろにいるのは誰でしょう?」

「えーっと……スサ!」

「はずれー!」

 背後に立っていたコルが声を上げた。

「ええっ! なんで!」

「なんでって、当てる遊びなんだから」

 侑子が笑うと、ノハは悔しそうに頬を膨らませた。

「もう一回!」

「今度は僕が真ん中!」

 スサが負けじと手を上げる。

「いいよ。じゃあ、交代ね」

 子供たちの歓声が上がった。

 次の輪では、侑子が歌い始めるより早く、ノハが覚えたばかりの旋律を口ずさんでいた。

 言葉の意味は分からなくても、音の並びが面白いのだろう。子供たちは互いの歌い方を真似し、間違えるたびに笑い合った。

「いくよ!」

 再びこの世界へ戻ってきてから、一番大きな声を侑子は張り上げた。



◆◆◆



 子供の記憶力とは、素晴らしいものである。

 二回、三回と一緒に歌っただけで、四人は歌詞をあらかた覚えてしまった。

 侑子の声に重なったメムの子供たちの歌声が、山間の小さな里を駆け巡る。

「まだ日も高いってのに、すっかり出来上がってるな」

 さながら宴会のような賑やかさだった。

 テントから出てきたヤヒコは、子供たちと手を繋いで輪を回す侑子を見つけた。輪の中央では、スサが両手で目を覆い、じっとしゃがみ込んでいる。

「何をしているんだ?」

 ヤヒコが呟き、傍らのヤチヨも首を傾げた。ちょうど歌が終わり、輪が止まったところだった。

「はい、スサ。後ろにいるのは誰でしょう?」

「ミサキ!」

「当たり!」

 飛び上がったスサに、子供たちが歓声を上げた。

「トコヨノクニの遊びですって」

 近くで見守っていたキノルが教えた。

「へえ。童歌か」

「かごめかごめ、という名前なんですって。ずいぶん昔から、向こうの子供たちに親しまれているそうよ」

 ヤチヨは興味深そうに侑子たちを眺めていた。もう一度歌が始まると、輪の動きを目で追いながら、指先で小さく拍子を取る。

 歌が終わるたびに中央の子が振り返り、背後の相手を当てる。そのたびに笑い声が巻き起こった。

「いい声を持っているな、ユウコさんは」

 感心したように腕を組み、ランが頷いた。

 その視線が侑子から、彼女を囲む子供たちへ移っていく。四人の頬は上気し、瞳は火花が散ったように輝いていた。

「……『カギ』と扉は、こちらへ渡る来訪者を選ぶと聞いたことがある。どうやら、それもただの昔話ではないのかもしれないね」

 ヤチヨがランを見上げた。ランは答える代わりに、歌っている侑子を示した。

「ご覧よ。こちらの世界へやってきたばかりだというのに、もうあの子は人を笑顔にしている」

 ヤヒコも侑子たちへ目を向ける。

「さっきの話か。来訪者がこの国や人を慈しむことで、天膜が生まれるっていう」

「そうだね。でも私は、あれが天膜になるのかどうかなんて今はどうでもいいと思っているよ」

 ヤヒコが意外そうにランを見た。

「この国を愛せ、守れと言う前に、まずこの国で笑っていてほしい。私はそう思う」

 ランは目を細めた。

「来訪者が笑えば、周りの者も笑う。周りが笑えば、その人もまたこの国を好きになるかもしれない。もしそれが巡り巡って天膜になるというのなら、その時初めて、この国への貢献と呼べばいい」

 大きな笑い声が巻き起こった。

 いつの間にか、侑子が輪の中央にしゃがみ込んでいる。子供たちは手を繋ぎ、彼女の周りをぐるぐると回っていた。

 覚えたばかりの異国の唄を、声を揃えて歌っている。

「うしろの正面だあれ!」

 輪が止まった。侑子はしばらく考えるふりをしてから、背後にいる子供の名前を告げた。

「ノハ!」

「当たり!」

 弾けるような歓声とともに、侑子が立ち上がった。

 子供たちが贈ったのだろうか。彼女の頭を飾る野菊の花かんむりが大きく揺れ、白い花弁を散らした。



◆◆◆



 ヤチヨの案内通り、そこには温泉が湧いていた。

 侑子の自宅の浴槽二つ分ほどの広さで、深さはしっかりあるらしい。

(すべるから気をつけて)

 タブレットは完全防水だった。

 薄い綿生地の衣をまとった姿で、二人は湯に浸かっていた。水着代わりかと侑子は思ったが、どうやら滑り止めのために着ているらしい。なるほど湯にはぬめりがあり、腰を下ろす岩もつるつるしている。

 泉の周囲は境目が分かるように岩で囲われていた。ヤチヨによれば、この岩はメムの先人たちが整えたものらしい。

 メム人が『メムの里』と呼ぶ拠点は、各地の山中にいくつも点在している。それぞれの里に留まるのは、長くても一年。季節が一巡する間だけだ。

 彼らは移動するたび、できるだけその土地に足跡を残さず去っていく。ただし里の近くにある温泉や、食料を得やすい場所などは、次に訪れた時にも利用できるよう少しずつ手を入れているのだという。

「わぁー。気持ちいいー」

 肩まで湯の中へ沈むと、腰の辺りに程よい高さの岩が触れた。それを背もたれにして、侑子は空を仰いだ。

 まだ日は高い。夕方まで数時間はあるだろう。

 子供たちと歌い踊るのに夢中になっていた侑子を止めたのは、キノルだった。

『足がもつれてるわよ。休みなさい』

 近くに良い湯治場があるからと着替えを渡され、ヤチヨに誘われてここまで来たのだった。

 テント群からそう離れてはいない。木々に隠され、泉自体も小さいので目立たないが、侑子でも一度で道順を覚えられそうな距離だった。

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