メムの里
里と呼ぶより、小規模なキャンプサイトのようだというのが、侑子の第一印象だった。
ヤヒコとヤチヨが『メムの里』と呼んだその場所は、山間のわずかな平地を切り開いて作られていた。大型のテントと小型テントが数張りずつ、円陣を組むように設置され、いくつかのテントの間にはタープが張られている。
「もうそろそろ移動の時期なんだよ」
侑子を乗せた背負子を降ろしながら、ヤヒコが里を見渡した。
「先に出た連中が、これの二倍くらい。俺たちは大きな集団で固まって移動しないんだ。いくつかに分かれて別々の道を進みながら、決まった拠点でまた落ち合う」
ヤチヨが固定ベルトを外してくれたので、侑子はようやく自由になった。
ところが立ち上がった途端、豪快によろけてヤチヨにしがみついてしまった。身体のあちこちが筋肉痛のように痛む。
ヤヒコが笑った。
「だから言っただろ。あんまり力を入れてると、あとで辛いって」
笑いながらも腕を取り、ヤチヨと二人で侑子を支えてくれる。
三人でテントの輪の中心まで進むと、人の声がした。
「おかえりなさい!」
「お父さん、おかえり」
出てきたのは一人の女性と、数人の子供たちだった。
子供たちの言葉に、侑子は密かに驚いた。
――お父さん?
ヤヒコと自分は、それほど年齢が離れていないように見える。それなのに、もうこんなに大きな子供がいるらしい。
そういえばヤチヨも実年齢よりかなり幼く見える。兄のヤヒコも、見た目より年上なのかもしれない。
「はじめまして」
痩身の女性が前へ進み出た。艶のある黒髪を後頭部で結い上げ、切れ長の瞳を細めて笑っている。
「はじめまして。五十嵐侑子です。ヤヒコさんとヤチヨちゃんに助けてもらいました」
「まあ。そんなふうに思ってもらえて良かった。怖がらせてるんじゃないかって、気が気じゃなかったんだから」
女性は笑ってヤヒコの肩を軽く叩いた。
「ほら、この人ちょっと怖い顔してるでしょ」
ヤチヨまで楽しそうに笑う。
「一仕事終えてきた夫に向かって、好き放題言うなあ。……ユウコ、紹介する。妻のキノルだ」
続いて四人の子供たちを紹介された。一番上が十歳のコル。その下に九歳のミサキ、七歳の双子のスサとノハ。
「今ここにいるのは、あとは長だけよ」
キノルの言葉に、侑子は辺りを見回した。
「大人の男の人は、ヤヒコさんだけなんですね」
「昨日まではほかの男たちもいたんだけどね。先に出発したの。すぐ次の拠点で合流できるし、今日にはあなたがここへ着くって連絡もあったから」
「連絡?」
侑子は首を傾げた。
ここまでの道中、兄妹が誰かと通信している姿は見ていない。そもそも二人は透証を持っていなかった。
ヤチヨが侑子の肘をつついた。
(ケモノに頼んだ)
「獣?」
ヤチヨは口をすぼめ、細い口笛を吹いた。耳を澄まさなければ聞き逃しそうな音だった。
その直後、木々の間から一羽の野鳥が飛来し、ヤチヨの肩へ降り立った。
「えっ」
(これは鳥。ゆうべ、ユウコがねてる間にケモノに伝書を預けた。夜目がきくから)
「俺たちの連絡手段の一つさ。メムは動物と仲良くなるのが得意なんだ」
ヤヒコの説明を聞きながら、侑子は野鳥を見つめた。一声鳴くと、鳥は再び木々の向こうへ飛んでいく。
「すごい……」
「チヨちゃんはいっとう上手いんだよ!」
「どんな獣でも、チヨちゃんの言うこと聞くよ」
スサとノハが競うように言った。
ヤチヨは少し照れたように笑っている。
「さっき、長だけ残ってるって言ってましたけど、その人もここで一緒に暮らしてるんですか?」
「そうよ。今はね」
キノルが一つのテントへ目を向けた。
「女の人だから、ユウコも話しやすいと思うわ」
「女性なんですか?」
長という言葉から、勝手に老齢の男性を想像していた。
「メムの長ってのは流動的なものなんだよ」
ヤヒコが説明した。
「市街地で暮らすメムもいるし、この生活は体力がいる。移動生活を続けている者の中で、昔からのことをよく知っている人間が、その時々で長を務めるのさ」
(名前はラン。優しい人。会ってほしい)
ヤチヨが首を傾げる。
「うん。お願いします」
侑子は迷わず頷いた。




