↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青い半魚人  作者: 松下真名
第三章
PR
194/206

交信

 ユウキが『家』と呼ぶ古い蔵にあるのは、布団と机、数着の服を掛けるハンガーラック。そして、あみぐるみたちを詰め込んだ行李(こうり)だった。

 風呂はジロウの家で済ませることがほとんどで、昨夜のように誰かの家で借りることもある。

 そんな殺風景な部屋に、一つだけ、ここ最近のヒノクニではあまり見かけなくなった設備があった。

 魔石ソケットだ。

 蔵は二階建てになっている。震災後、ここに住むと決めたユウキは、中に放置されていた農具や古道具を運び出し、最低限の居住空間を作った。

 それと同時に確保したのが、二階の一角だった。

 自分で配線を引き、ソケットを設置した。魔石もできる限り自力で補給している。

 以前に比べれば魔力の回復は格段に遅い。自由に使える量など、ほんのわずかしかなかった。

 それでもユウキは、自分の使える魔力のほとんどを、この場所で使う魔石へ注ぎ込んでいた。

 目的は一つしかない。

――もう一度、トコヨノクニと交信するため

 侑子との文通を可能にしていた屋根裏は、二年前の震災で瓦礫になった。

 絶たれた唯一のつながりを、もう一度結び直したかった。だからユウキは、失われた屋根裏をできる限り再現したのだ。

 エイマンからエノコログサの話を聞いていた。同じ敷地内なら、まだ希望があるのではないか。

 根拠と呼べるほどのものではない。

 それでも唯一無事だった蔵の二階に設備を整え、そこへ手紙を置き続けた。

 二年間、一日も欠かさず。

 一度として、手紙は消えなかった。

 それでも諦めることはできなかった。——手紙を置くのをやめてしまった時、自分の中で何かが完全に死んでしまう気がしたから。



◆◆◆



「ユーコちゃん。さっきスズカに会ったよ。相変わらず悪阻がキツそうだ。日に日に痩せていくけど、本当に大丈夫なのかな……。ジロウさんとも会った。今日は夕飯を一緒に食べることになったよ」

 今日の手紙に書くことを口の中で唱えながら、ユウキは蔵へ向かって歩いていた。

 いつものことだ。

 傍から見れば、誰もいないところへ話しかける変人にしか見えないだろう。

 それは自分でも分かっている。

 それでも、やめられなかった。

 もう届かないかもしれない相手に、今日あったことを話す。

 スズカのこと。ジロウのこと。変身館のこと。

 そうしている間だけは、侑子が今もどこかで自分の言葉を待っているような気がした。

――正気なんて、とっくに失ってる

 自嘲しながら、それでも今日も語りかける。

 そうすることでユウキは、どうにか地に足をつけていられた。


  だから蔵の扉を開け、そこにあるはずのないものが目に入っても、すぐには動けなかった。

 願い続けたせいで、とうとう幻覚まで見るようになったのだと思った。——それにしては、ずいぶんと珍妙な幻覚だったけれど。

 ぼんやりと立ち尽くすユウキの耳元で、不意に音が弾けた。

 肩に、柔らかな重みが落ちてくる。

「ピィ! プゥ!!」

 やけに間の抜けた音だった。

 そして、ひどく懐かしく、愛しい音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。