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青い半魚人  作者: 松下真奈
第二章
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トコヨノクニ――報い 

 決めたらすぐに動きたい。それが侑子の性分だった。

 意外と決断が早いと驚かれることも多い。けれど侑子自身は、それを臆病さの裏返しだと思っていた。余計なことを考えて怖くなる前に終わらせたい。ただそれだけの無責任な衝動にすぎないのだ。

――そう、無責任。一方的に話して、自分だけすっきりしたいのだから

 蓮と裕貴と三人で囲んだ昼食は、他愛のない話をするうちに終わっていた。空いた皿が下げられるのを待って、侑子は裕貴に告げる。二人きりで話したいことがある、と。

 裕貴は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに頷いてくれた。

 そして二人になるなり、侑子は切り出した。

「野本くん、私、今まで話してなかったことがあるの」

「……うん」

「ずっと黙ってた。でも、野本くんにはちゃんと知っておいてほしくて」

 裕貴の表情が曇る。

「……それって、今じゃなきゃ駄目?」

「え?」

「せっかく二人きりなんだし、もう少し普通に過ごそうよ」

「でも、大事な話なの」

「うん。分かってる」

 そう答えながらも、裕貴は話の続きを促さなかった。

 侑子は彼を見つめた。

――打ち明けたあと、この人は私をどんな目で見るのだろう。出鱈目だと呆れる? 空想と現実の区別もつかない痛い奴だと思う? それとも、今までずっと好意を利用されていたのだと軽蔑するかもしれない

 悪い想像は、いくらでも浮かんでくる。けれど、それを恐れて黙っているわけにはいかなかった。

――これ以上、考えるな

 裕貴の優しさと好意に甘え続けてきた、その報いなのだから。

 たとえ嫌われても、心が離れるきっかけになったとしても、受け入れるしかない。

「私ね、中学に編入する前のことを……」

「侑子」

 裕貴が遮った。

「……今は、もう少しだけ二人でいたい」

 その言葉に、侑子は口を閉ざした。

 裕貴は何かを恐れている。それは分かった。けれど、差し出された手を拒む理由はなかった。彼のそばにいたいという気持ちにも、嘘はないのだから。

 侑子はその手を取った。



◆◆◆



 

 しばらくして、二人は並んで横になっていた。

 静かな部屋で、侑子はぼんやりと天井を見つめている。

 裕貴が隣で寝返りを打った。 

「……さっきの話、やっぱり今、聞いてもらってもいい?」

「俺、フラれるの?」

「なんでそんな解釈になるの」

 侑子は天井を見たまま、軽く首を振った。

「聞いてほしい話があるって言っただけだよ」

「だって」

 裕貴は上体を起こし、侑子の顔を覗き込んだ。

「そんなの、いかにも別れ話の前フリだろ。怖いって」

「考え過ぎ」

 侑子が微笑むと、裕貴もつられて笑った。けれど、すぐにその表情が曇る。

 裕貴は侑子の頬に手を添え、そっと口づけた。——今はまだ聞きたくない。何を告げられるのかも分からないのに、胸の奥がざわついて仕方がなかった。侑子が何かを決意していることだけは、分かる。

 長い口づけのあと、裕貴は彼女の顔を見つめた。

「野本くんは、私にとって大切な人だよ」

 侑子の声は揺れなかった。

「だから、話さないといけないの」

「……何の話を?」

 尋ねながら、裕貴は侑子を抱き寄せた。

「たくさんあるの。今まで話してなかったこと。私がずっと忘れられずにいたこととか……」

「侑子」

 裕貴が遮った。

「……明日じゃ駄目?」

「明日?」

「うん。遊園地、楽しみにしてたんだ」

 翌日は二人で富山まで遠出する予定だった。

「帰り道で聞かせてよ。ちゃんと聞くから」

「でも、野本くん……」

「お願い。何も気にしないで楽しみたいんだ」

 裕貴は侑子の手を握った。

「その話を聞いたら、俺、明日ずっとそのこと考えちゃう気がする」

 侑子は黙った。

 今すぐ話してしまいたい。そう思っていた。

 けれど、裕貴にも聞くための心の準備が必要なのかもしれない。

「……分かった。じゃあ、明日の帰りに」

「うん」

「でも、絶対に聞いてね」

「約束する」

 裕貴は安堵したように息を吐いた。

 侑子はそんな横顔を見つめた。

 今こうしている間にも、自分は大切なことを隠している。けれど明日には、それを終わらせるのだ。

 そう決めて、侑子は握られた手をそっと握り返した。



◆◆◆



 帰り支度をする侑子を、裕貴は黙って見つめていた。

 ブラウスのボタンを閉じる指先。短く切った爪でボタンホールをつまむ、何気ない仕草。そのひとつひとつが、やけに目に残る。

「……別れ話じゃないよね?」

 また聞いてしまった。

 侑子は顔を上げた。

「違うよ」

「分かってると思うけど、俺かなりしつこいから」

「うん」

「引くくらい重いから」

「うん」

 侑子が声を出して笑った。

 その顔を見ると、どうしたって裕貴は絆されてしまう。

 もう一度、彼女を抱きしめた。

「……明日、楽しもうな」

「うん。楽しみにしてる」

 腕の中から、侑子のくぐもった声が聞こえた。

「明日、ちゃんと話すよ。ありがとう、野本くん」

 裕貴は答えず、ただ抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。

 

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