トコヨノクニ――塞がれた道
別の手紙を置いても結果は変わらなかった。
置いてから時間を空けても同じだった。
何度試したか、覚えていない。便箋のストックを使い尽くしたのなんて、いつ以来だろう。ユウキのもとに初めて手紙が届いたと分かった、あの日以来ではないだろうか。
「侑子、夕飯できたよ」
母が部屋をノックした音にも気づかなかったらしい。ドアを開けた依子は、侑子を見て顔色を変えた。
「どうしたの? 何泣いてるの」
「お母さん……」
涙を拭くのも忘れていた。ノートの切れ端に落ちた水滴が、紙を波打たせている。
「どうしよう、どうしよう」
「何があったの?」
母にはヒノクニとの文通について話したことがなかった。けれど、そんな事情を気にする余裕はなかった。説明することも忘れ、侑子はうわ言のように「どうしよう」と繰り返すばかりだった。
娘を抱きしめ、背中を撫でながら、依子は机の上に目を走らせた。千切られたノートと、散らばった封筒。『ユウキ』という名が、走り書きのように何度も記されている。見覚えのない住所と一円切手。謎の地名と数字の羅列。そして、娘の不可解な様子。
依子はこの言いようのない不穏さに、覚えがあった。
「侑子」
腕に力を込め、娘の意識を自分へ引き戻すように、名前を呼び続ける。
――あの時と同じ。この子が帰ってきた時と同じだ。
まるで知らない少女のような顔をして帰ってきた、十四歳の侑子。
あの時の記憶が、猛烈に蘇る。
依子は、侑子が泣き疲れてぐったりと力を失うまで、その身体を抱きしめ続けた。
◆◆◆
気づくと朝になっていた。
身体を起こすと、ベッドの上でタオルケットがかけられていた。瞼が重い。腫れているのが分かる。
昨夜の恐ろしい記憶が蘇り、吐き気が込み上げてくる。それでも立ち上がって、クローゼットの扉を開けた。天井の蓋を開け、手を差し入れる。
ガサガサと、絶望的な紙擦れの音がした。いくつもの封筒が落ちてくる。どれも昨日、侑子がその場所に置いた手紙だった。
足元に散らばったそれらを拾い集め、ぼんやりしたままクローゼットを出て、しばらく立ち尽くした。
机の上に散乱していたはずのノートや封筒は、きれいに整えられていた。それに目をやっただけで、侑子は再びベッドに身体を横たえた。布団に潜り込み、目をぎゅっと瞑る。左腕を右腕できつく抱くように身体を丸めると、指先に透証の滑らかな感触が伝わってきた。——銀のブレスレットも腕に通ったままだった。昨夜、願掛けのように身につけたのだ。
――ユウキちゃん……どうしよう。
透証も、ブレスレットも、硝子の鱗も、指で触れることができる。
――幻でも、夢でもない。ちゃんと存在したんだ。ユウキちゃんも、ヒノクニも。そうでしょ?
それなのに、手紙が消えない。届かない。
たったそれだけの現実で、侑子の愛する人の存在は、幻の記憶のように覚束なくなってしまう。
――嘘だ、嘘だ、嘘だ。
嗚咽が漏れた。眠りに逃げることさえできないのだと分かり、侑子は絶望して瞼をきつく閉じた。
ユウキとのつながりが途絶えてしまった現実など、目に映したくなかった。




