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青い半魚人  作者: 松下真奈
第二章
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トコヨノクニ――塞がれた道

 別の手紙を置いても結果は変わらなかった。

 置いてから時間を空けても同じだった。

 何度試したか、覚えていない。便箋のストックを使い尽くしたのなんて、いつ以来だろう。ユウキのもとに初めて手紙が届いたと分かった、あの日以来ではないだろうか。


「侑子、夕飯できたよ」

 母が部屋をノックした音にも気づかなかったらしい。ドアを開けた依子は、侑子を見て顔色を変えた。

「どうしたの? 何泣いてるの」

「お母さん……」

 涙を拭くのも忘れていた。ノートの切れ端に落ちた水滴が、紙を波打たせている。

「どうしよう、どうしよう」

「何があったの?」

 母にはヒノクニとの文通について話したことがなかった。けれど、そんな事情を気にする余裕はなかった。説明することも忘れ、侑子はうわ言のように「どうしよう」と繰り返すばかりだった。

 娘を抱きしめ、背中を撫でながら、依子は机の上に目を走らせた。千切られたノートと、散らばった封筒。『ユウキ』という名が、走り書きのように何度も記されている。見覚えのない住所と一円切手。謎の地名と数字の羅列。そして、娘の不可解な様子。

 依子はこの言いようのない不穏さに、覚えがあった。

「侑子」

 腕に力を込め、娘の意識を自分へ引き戻すように、名前を呼び続ける。

――あの時と同じ。この子が帰ってきた時と同じだ。

 まるで知らない少女のような顔をして帰ってきた、十四歳の侑子。

 あの時の記憶が、猛烈に蘇る。

 依子は、侑子が泣き疲れてぐったりと力を失うまで、その身体を抱きしめ続けた。



◆◆◆



 気づくと朝になっていた。

 身体を起こすと、ベッドの上でタオルケットがかけられていた。瞼が重い。腫れているのが分かる。

 昨夜の恐ろしい記憶が蘇り、吐き気が込み上げてくる。それでも立ち上がって、クローゼットの扉を開けた。天井の蓋を開け、手を差し入れる。

 ガサガサと、絶望的な紙擦れの音がした。いくつもの封筒が落ちてくる。どれも昨日、侑子がその場所に置いた手紙だった。

 足元に散らばったそれらを拾い集め、ぼんやりしたままクローゼットを出て、しばらく立ち尽くした。

 机の上に散乱していたはずのノートや封筒は、きれいに整えられていた。それに目をやっただけで、侑子は再びベッドに身体を横たえた。布団に潜り込み、目をぎゅっと瞑る。左腕を右腕できつく抱くように身体を丸めると、指先に透証の滑らかな感触が伝わってきた。——銀のブレスレットも腕に通ったままだった。昨夜、願掛けのように身につけたのだ。

――ユウキちゃん……どうしよう。

 透証も、ブレスレットも、硝子の鱗も、指で触れることができる。

――幻でも、夢でもない。ちゃんと存在したんだ。ユウキちゃんも、ヒノクニも。そうでしょ?

 それなのに、手紙が消えない。届かない。

 たったそれだけの現実で、侑子の愛する人の存在は、幻の記憶のように覚束なくなってしまう。

――嘘だ、嘘だ、嘘だ。

 嗚咽が漏れた。眠りに逃げることさえできないのだと分かり、侑子は絶望して瞼をきつく閉じた。

 ユウキとのつながりが途絶えてしまった現実など、目に映したくなかった。

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