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トコヨノクニ――猿轡
――これは猿轡だ
侑子が常日頃から思っていることだ。
口元をすっぽり覆う、大きな布。運よく手に入った時だけ、その布が不織布に変わる。
一般的にはマスクと呼ばれるそれは、感染症対策のための道具であると同時に、侑子にとっては声を封じる猿轡でもあった。思いきり歌う自由さえ奪う、文字どおりの口枷だった。
非日常の中を泳いでいる。
大きな波は起きない。それでも、いつか飲み込まれてしまうかもしれないと怯えながら、ただひたすら息継ぎを続けなければならない。
通学しなくなり、出された課題に取り組むだけの毎日。友人たちとは頻繁にメッセージを交わし、通話もする。愛佳に会うことも、従兄弟や叔父叔母と顔を合わせることもあった。時にはギターを弾き、声をひそめて歌を口ずさむ。
しかし、何かが満たされない。
侑子も、先の見えない非日常に、少しずつ疲弊していった。
春とは名ばかりの、色のない日。それは、何の前触れもなく起こった。




