ヒノクニ――崩壊
その日は雲ひとつない快晴で、桜が満開だった。心地よい陽気に誘われた人々は、午前中の早い時間から花見をするべく庭先に集まっていた。
「いい日ねえ。青空に桜が映えて、とってもきれい」
空を仰いだミツキの顔に、花の隙間から差し込む光が踊るように揺れた。
ジロウの屋敷の庭には、桜の大木が植わっていた。彼の一族が代々手入れをしてきた老木で、毎年見事な花景色を見せてくれる。
「去年の開花は、長雨に重なっちゃったもんね。今年は絶好のお花見日和になってよかった」
スズカがピクニックシートの上に据えた卓袱台に料理を並べていく。彼女の横で配膳を手伝っているのは、夫となったばかりのサクヤだった。
「料理はあらかた運び終わったか?」
大きな酒瓶を抱えたハルカとアオイを従えて、ジロウが屋敷から出てきた。
「モモちゃん、これはお酒だからね。まだ早いな。今、お茶を持ってきてあげる」
酒瓶に興味を持っているらしいモモカを、ひょいっと抱き上げたのは紡久だった。
最近ハイハイで自在に移動することを覚えたモモカは、片時も目が離せない。酒瓶が並ぶシートから離れた場所へ運ぶと、紡久は彼女に大きなクマのあみぐるみを見せた。手足を動かしてみせると、モモカの注意はすっかりそちらへ向く。まだ乳歯すら生えていない柔らかな口を開け、無邪気な声で笑った。
「ツムグくんったら、すっかりモモカの扱いが上手になってる。生まれたばかりの時なんて、抱っこすら怖がっていたのに」
おかしそうにリリーが笑った。
「モモカは彼の声が好きなんだよ、きっと。ツムグくんは誰よりも早く泣き止ませることができるんだ」
「父親の面目丸つぶれね」
「全くだ」
エイマンが仰々しく肩をすくめる様子を見て、みんなが笑った。場の雰囲気が一段と和やかなものになる。
「ユウキさんが見当たりませんね」
飲み物を注いで回っていたノマが、庭を見渡して呟いた。
「ああ。朝一でこっちに来てから、もう一度家に帰ったんだ。ユーコちゃんへの手紙を預けたら、すぐに出してきてやるって。あいつのことだから、自分の分も書いてるんだろ。そろそろ戻ってくるさ」
乾杯はまだだというのに、ジロウはすでに手に持ったカップから酒をすすっていた。透証を確認すると、ユウキに手紙を預けてから一時間が過ぎようとしている。
「ジロウさん! 腹減った! 先に食べてようぜ。ユウキは文句いわねぇよ」
「賛成ー」
アオイとハルカから空腹を訴える声が上がり、ジロウとノマは顔を見合わせて笑った。確かに空腹だった。朝食をろくに摂らずに、みんなで準備をしていたのだ。
「そうだな。じゃあ先に始めてるか」
「みんなグラス持ってる?」
「ジロウさん、乾杯の音頭ねー」
「よし、じゃあ皆さん。準備はよろしいか。えー、本日はお日柄もよく……」
ジロウがおどけた声を出し始めた時だった。
モモカが突然火がついたように泣き出したのと、地の底から響く不可解な低音に数人が気づいたのは、ほぼ同時だった。
ジロウの掲げかけた杯は、そのまま宙で止まった。




