ヒノクニ――針穴の手紙
その音に最初に目を覚ましたのはリエだった。程なく隣で眠っていたラウトも起き上がり、二人は暗闇の中でしばし見つめ合った。
ドン、ドン、と重く大きな音が響く。
玄関からだ。
誰かがノックしている。ノックにしては、あまりにも粗暴な叩き方だった。
「誰かしら」
時計を確認すると、夜中の三時だった。
「君はここに。私が出てくる」
ラウトは素早くマッチを擦り、ランタンに火を灯した。その間にも玄関のドアを叩く音は続いている。
「私も行くわ」
部屋を出ていこうとする夫の背中に触れ、リエも慌てて布団から滑り出た。十二月の冷たい空気が全身を刺す。
室内から近づいてくる足音と灯りに気づいたのだろう。ドアを叩く音が止んだ。
ドア一枚を隔てた向こう側に、確かに誰かの気配がある。ひどく荒い息遣いが、分厚い玄関のドア越しにまで聞こえてきた。
「どなた?」
苦しげな息遣いを聞いて、リエはもしや行き倒れそうになった人が助けを求めているのではと思った。わずかに警戒を解き、戸口へ問いかける。
「あ、けてくれ……ここは、平彩……党の、ソノダ殿の、自宅、だろう」
呂律が回っていない。そこまで言い終えると、ドアにもたれていた身体が崩れ落ちるような音がした。
ラウトとリエは顔を見合わせた。ラウトが慎重にドアを開ける。
「おい! どうした。大丈夫か」
降り積もった雪の上に、黒い外套姿の男が倒れていた。
門から玄関まで、雪の上に足跡が続いている。乱れた足跡から、片足を引きずるようにしてここまで辿り着いたことが分かった。
「救急隊を呼びましょう」
リエは指に嵌めた透証を口元に近づけた。しかし男はそれを阻むように大きく腕を振った。
「必要ない」
喘ぐように言い、目を剥いてラウトを見る。
男は横たわったまま外套の内側に片手を突っ込み、何かを探っていた。
「おい」
一つ一つの動きさえひどく苦しそうだった。ラウトは男を抱き起こし、その手を止めようとした。
「こ、れ、を」
男が胸元から引っ張り出したのは、乱雑に折り畳まれた数枚の紙だった。それをラウトの胸へ押しつけ、受け取るよう促す。
「これは?」
白い紙には、針で刺したような小さな穴が無数に開いていた。
印刷されたものも、書かれた文字も見当たらない。ただ無数の穴が穿たれた、白い紙だった。
「は、はは……ははは……! ハハハ!」
紙がラウトの手に渡ったのを見届けた途端、男が声を上げて笑い出した。
常軌を逸した笑い声に、ラウトもリエも動けなくなる。
「お、お、お、お俺の勝ちだ……! ザマあ見ろっ! ミウネ……み、うね、ブンノウ!!」
ラウトはリエの肩を抱き、庇うように後ろへ下がらせた。
男の目はラウトへ向けられている。それなのに、もう何も映していないように虚ろだった。
「一矢報いてやった……やったんだ……ソノダ・ラウ、トよ……それを、読め…………」
「おい。お前は――」
名を訊ねようとしたラウトの言葉が、息を呑む音に変わった。
背後でリエが長い悲鳴を上げる。
ザーッと、大量の粗い粒が流れ落ちるような音とともに、男の身体は一瞬にして形を失った。
黒い外套だけが、その場に取り残される。
白い雪の上には、黒い砂でぼんやりと人の形が描かれていた。
男が最後に言い残した「読め」という言葉から、ラウトはあの紙が何らかの文書であることに気づいた。
ランタンの灯りにかざし、無数に穿たれた穴を目で追っていく。
穴は無秩序に開けられたものではなかった。針のようなもので一つ一つ穿ち、文字の形を作っている。
穴で形作られた文字は、そのほとんどが角張ったカタカナだった。文字と文字の間には不自然なほど広い隙間があり、行が進むにつれてその間隔も次第に乱れていく。
なぜ、こんな方法で。
その理由は、読み始めてすぐに判明した。
◆◆◆
コノ テガミ ヨムモノへ
ヤラレタ
ミウネ・ブンノウに ヤラレタ
クウサイトウ オカカエダッタ
マッドサイエンティスト
キヲツケロ
ドク イレラレタ
ツゲグチしタラ
カラダ スナ二ナって キエル
カミ二 アナ アケテ シルス
オレ シヌ
オレ ヨウズミ
アノ セイソウノアト
クウサイトウ ノ フッケン メザシテ
ミウネ ノ モト ハタライテイタ
ダガ
アイツ クルッテイル
コレイジョウ キケン
クニ ホロビル
ミウネ
アノ
カイホウジケンノ イキノコリ
アソコデ ツクッテイタ ヘイキヲ
マダ アキラメテイナイ
オオキミ ノ ジンキ ネラッテイル
タイラ・ミネコ ヲ サガシテイル
オレハ
ミネコ ヲ ツカマエル タメ二
ヒト ヲ コロシタ
グウジオヤコ
ヤキコロシタ ノハ
オレダ
サイキン ツヅイテイル テンサイ
ゼンブ
ミウネ ノ ケンキュウ ゲンイン
コレイジョウ
テンマク
コワサセルナ
ミウネ
ライホウシャ ヲ ネラッテイル
スギタ・ツムグ ヲ マモレ
ヤツ二 ワタシタラ
オワル
ナニモカモ
アト スウカゲツ
ソレマデ二
トメロ
トメナケレバ
オオキナ テンサイ クル
イママデト
チガウ
ヒト
タクサン シヌ
ヒロイ クニ
アレハテル
ゼツボウ
クニ オオウ
トメロ
ミウネ ヲ
トメロ
マダ ナカマ イル
ミウネ ヲ シンジテイル
ヤツラ イル
モト クウサイトウイン
キヲツケロ
アライダセ
ミウネ ヲ サガセ
イバショ
ツキトメロ
ジカン ナイ
タノム
トメテクレ
コウカイ シテイル
ホントウ
クニノ タメ ナルト
シンジテ
イタンダ
ツァマ ダン




