トコヨノクニ――朝焼け
病み上がりの身体はふわふわしていて、心許ない。
咳は長引いているし、歌うことはおろか、会話すら思うようにできない。
身体だけでなく、心まで弱っているようだった。
そんな状態で机に向かってしまったからだろうか。
――心配するだろうな……
困らせるような言葉を、便箋に並べてしまった。
きっとユウキは心を痛める。
分かっている。
手紙を送った今になって、少しだけ後ろめたくなってきた。
――だけど、あれは私の本心だ
それだけは間違いなかった。
気の迷いで出てきた言葉ではない。
ずっと侑子の心の奥にあって、消えることなく留まり続けていた気持ちだった。
――どうして戻ってきたんだろう
もし再びあの世界へ戻れるのなら。
今度こそ、きっと迷わず扉を開く。
今の生活に不満があるわけではない。
むしろ充実している。
学校は楽しい。
部活も、友達も、家族も好きだ。
自分は幸せなのだと思う。
それなのに、その平和な日常を置いてでも、再びあの場所へ行きたいと願う理由。
侑子には、よく分かっていた。
――会いたい
――会いたいよ、ユウキちゃん
久しぶりの風邪に、心まで弱りきってしまったのかもしれない。
ベッドに身体を投げ出した途端、堰を切ったように涙がこぼれた。
枕に顔を押しつけても、止まらなかった。
◆◆◆
久しぶりに見るその風景に、侑子の胸は大きく跳ねた。
――あの夢だ!
何年ぶりだろう。
あまりにも焦がれ続けたせいだろうか。眠る前、ユウキへあれほど本心をむき出しにした手紙を送り、子供のように泣きながら眠ってしまったからだろうか。
夢の中の侑子は、そこが夢であることをすぐに理解した。
――どうか醒めないで……!
走る。
――まだ醒めないで!
病み上がりだったはずの身体に、重さも怠さもなかった。
知り尽くした園内を、侑子はただ一人を探して駆け回った。
――青い半魚人
――青い鱗
――どこ?
どこにいるの。
けれど、広い園内のどこにも人影はなかった。
あれほど探していた青い姿もない。
足を止めた侑子は、そこで初めて、一つの違和感に気づいた。
――違う
何かが違う。
辺りを見回す。
見慣れたはずの遊園地。
何度も夢で訪れた場所。
それなのに。
――ああ。時間が違う
いつも見ていた夢の中では、空はすっかり暗くなっていた。
園内の灯が点り、色とりどりのネオンが夜の中で輝いていたはずだ。
――どうして、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう
辺りはまだ明るい。
ネオンは光を失い、街灯にも明かりはない。
透明な電球だけが、空虚な魚の瞳のように並んでいる。
――赤い
ふいに気づいた。
頬を染めているのは、遊園地の人工的な光ではなかった。
侑子は振り返った。
空が、赤く燃えている。
和紙に落とした絵の具が水を吸い、じわじわと滲んでいくように、赤と橙が空いっぱいに広がっていた。
その中を、雲の陰影が幾重にも波打っている。
侑子はしばらく、声もなく見上げていた。
夢の中の時間なんて、いい加減なものだ。
そう思っている間にも、空は少しずつ色を変えていく。
赤が薄れる。
夜の名残を押し退けるように、東の空が白んでいく。
そこでようやく、侑子は気づいた。
――朝だ
これは、夕焼けではない。
朝焼けだ。




