トコヨノクニ――言質
「お! 偶然」
「高橋先輩」
貸しスタジオの出口で、裕貴は懐かしい人物と遭遇した。
「今終わったとこ?」
「はい」
高橋遼。侑子の従兄弟であり、愛佳の兄であり、中学時代の部活の先輩でもある。接点は多いはずだったが、遼の卒業以来、顔を合わせる機会はあまりなかった。
せっかくだからどこか寄っていこうという話になり、二人が向かったのはカラオケ店だった。通されたのが先日侑子と二人で歌った部屋だったので、裕貴は密かに苦笑した。
互いに軽く近況を報告し合ったあと、自然と話題は音楽や部活のことへ移っていく。遼の高校の軽音楽部も、部員数の多さで有名だった。
「へえ。ゆうちゃんと歌うのか」
合宿最終日の出来事から、その後の顛末までを語ると、遼は「楽しそうだな。学祭、見に行くから」と笑った。
「ユウキちゃんの曲、いいもんな」
「先輩は会ったことあるんですか? 手塚勇輝さんに」
「えっ」
親しげに「ユウキちゃん」と呼んだ遼に、裕貴は驚いた。一方、予想以上の食いつきに、遼はあからさまに狼狽えた。分かりやすく「まずい」の三文字が顔に浮かんでいる。
――なんで動揺してるんだ?
裕貴にとっても、その反応は予想外だった。真意が分からず、眉をひそめる。
「な、ないよ。俺は。ユウキちゃんと会ったことあるのは、ゆうちゃんだけ。俺は話したこともない」
「……ゆうちゃんと手塚勇輝さんって、どういう関係なんですか」
遼の取り乱しようが気になりつつも、裕貴は一番知りたいことだけに質問を絞った。
「付き合ってるんですか」
「えっ」
遼は「うーん……」と言葉を詰まらせた。動揺は収まったようだが、代わりに唸りながら首をひねっている。ずいぶん真剣に考えているようだった。
「……それはないんじゃないか。会えないんだし」
「それ」
腕を組み、苦心して絞り出した遼の答えに、裕貴は食い気味に言葉を重ねた。
「『会えない』って、ゆうちゃんも言ってた。どういうことなんですか。譜面はよく送られてきますよね」
分からないことは、それだけではなかった。
パート譜まで揃った譜面が送られてくる一方で、音源は一度だって送られてきたことがない。音声データのやり取りなんて、スマートフォン一つあれば簡単にできるはずなのに。
「言葉通りの意味だろ。会いたくても、会えないんだ」
それ以上どう説明すればいいのか分からない。遼はそんな困りきった顔をして、もう一度大きく唸ると、ぼりぼりと頭を掻いた。
「ごめん。俺が分かるのは、本当にこれくらい」
「いえ……ありがとうございました」
裕貴がそれ以上追及する気はないと分かったのだろう。遼はほっとしたように肩の力を抜いた。
分かりやすい人だな、と裕貴はおかしくなった。頬が緩んだ、その勢いのまま口を開く。
「俺、ゆうちゃんのことが好きなんです」
「え」
「ちゃんと意味分かってます? 彼女になってほしいって意味の好きですよ」
突然の告白に、遼の口がぽかんと開いた。
「なんで今それを俺に」
「言質を取ってもらいたいんです」
「言質?」
「俺がゆうちゃんのことをそういう目で見てるって、証人になってほしいんですよ。あとで俺が逃げないように」
遼がちょうどいいのだ。侑子と縁が深く、手塚勇輝のことも知っている。おそらく裕貴が知る以上に、侑子と勇輝のことを知っているのだろう。
そんな人物に自分の想いを言葉にして聞かせておくことは、裕貴にとって重要だった。
――これで、後には引けなくなった
裕貴は小さく息を吸い込んだ。
――進むしかない。近づくしかない
侑子の心の中にいる、手塚勇輝に。




