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「――……何だか、騒がしくなってきましたね」


 大通りを半分程進んだ頃だろうか。

 何だか民衆がざわつき始めているのに気がついた。


「あれ?」


 進む先の方向で、何やら人々の間を縫うように移動する集団が目に付く。

 その集団は徐々にこちらに近づいてきているようで――はた、と私たちに気づいたらしい数人が、ばたばたと走り寄ってきた。


「ご、ご報告いたします!」


 王宮騎士団によく似た服装。街を警備する衛兵たちだ。

 立ち止まった私たちに敬礼の姿勢を取ると、慌てたように口を開く。


 ――魔物の出現。そして、そのランク。


「上級の魔物が、3体……それも、王都に程近い場所、か」

「見立てでは、グロウズかと」

「なるほどな」


 上級……個体によっては、数人がかりでかからないと討伐が難しいとされる魔物に与えられるランクだ。

 残念ながら、衛兵職に就く者では対処がかなり難しい。


「グロウズの様子は?」

「今はまだ……オレンジなので、刺激を与えぬよう動向を監視しています」

「3体は固まった場所に?」

「はい。東の大門よりやや北東……目測でおよそ18メルです。3体とも1メルと離れていない距離で身を寄せ合っています」

「……厄介だな」


 この世界での長さの単位は、元の世界とは違っている。

 ええと、確か1メル辺り、約50メートルだったかしら? だとすると、大門から1キロと離れていない場所に現れたということで……なるほど王都からかなり近い。


「我々も向かおう。マルセル」


 衛兵たちが走り回っていた理由は、王宮騎士団の者を探すためということか。

 状況をあらかた聞き終えたベルンハルトが、マルセルを仰ぐ。


「ああ」


 マルセルが頷くと、固い声で風の魔術を唱える。

 あっという間に私たち3人は上空にいた。


 ぐんと体に負荷がかかるが、呼吸が楽で、尚且つしっかりと目を開けていられるのは、マルセルが工夫をしているからだろう。

 眼下の景色が流れるように過ぎていくのを眺めながら、私もたまには座学だけでなく、魔術の鍛錬がしたいなと思った。





 マルセルの力は優秀で、程なくして目的地に到着した。

 ふわり、防壁の上に降り立った私たちに、先客たちが気づいて視線をよこす。


 王宮騎士団の団服に身を包んだ男が4人。20代から30代ってところか。

 恐らく第一部隊の方々だろう。その内の1人が、片手を上げて近寄ってきた。


「よう、殿下じゃないか」

「アンゼルムじゃないか。君がいるのは珍しいね」


 多少驚いた顔をしたベルンハルトに、気さくな態度で話しかける。


「たまには俺も王都を見回りしないとなって、言いたいところだが、ちと厄介な魔物の出現率が高いんで、ここ数日はずっと警備に回っているよ」

「報告は聞いたよ。随分忙しいみたいだね」

「殿下の方こそ、街の警備たぁ珍しいじゃないか」

「まぁ、ちょっとね」


 王族であるベルンハルトにあの口調……あの人も王族か、もしくは高位の貴族なのかしら。

 整っているが、どこか野性的な男らしさも感じさせる顔立ち。赤みがかった濃い金髪は無造作なのも、野性的に感じさせる要因かもしれない。綺麗に整えれば、気品あるようになるんじゃないかしら。


 何て、ちょっと当人には失礼なことを考えていたら、

 

「ん?」


 ベルンハルトの陰に隠れていた私に気づいたようだ。

 ひょいっと、ベルンハルトの肩ごしから顔を覗かせ「女?」と首を傾げる。


「――ああ、あんたが“噂の仮面ちゃん”か」


 いや、何だよ「噂の仮面ちゃん」って。思わず突っ込みそうになった。


「随分華奢だなぁ」

「あの」


 近い。ベルンハルトを通り越し、私の前に立つと、じろじろと無遠慮に見てくる。

 マルセル並に体格がいいから、上から覗き込まれるように見られ、私は眉間に皺を寄せた。

 本当に近い。


「アンゼルム……女性に対して不躾では」

「そうですよ、隊長。失礼です」


 苦言を口にしたベルンハルトに同調する声がひとつ。

 

「というか、仕事してくださいよ」


 眼鏡をくいっと指の腹で持ち上げ、溜息混じりに言ったのは、私とそう歳の変わらない青年。

 すぅっと細められた目が、不機嫌そうに男を見返す。


「とは言ってもよ、ジェラルド。あれは下手に手を出さん方がいいって結論に至ったところだろう」

「手を出さず動向を見張る仕事があるでしょう」

「あー、わかったわかった」

 

 やっと私から距離を取った男に、ため息を吐き出した。

 まったく……この世界の男たちは、人の顔を覗き込むのが通過儀礼なのか。思わずそう考えてしまう。


 すっと話し合う彼らから目線を逸らしたところで、私は漸く件の魔物の姿を目にした。


「……う、」


 目にした途端、変な声が出そうになって、慌てて口を手で押さえる。

 何というか――気持ち悪い。その一言に尽きる見た目だ。

 ぱっと見の印象で言うならば、両生類っぽい魔物といったところか。顔つきは蛙で、体つきはサンショウウオのような……ただし、一軒家をよりも軽くふた回りはある大きさだし、オレンジ色の目は6つもあるし、何より黒紫色の巨体全体を覆うぬめぬめした粘液は、背筋に寒気が走る気持ち悪さだ。


 別に両生類が苦手ではない私でさえ、これなのだから、嫌いな人が見たら卒倒してしまうんじゃないだろうか。


 しかもそれらが、3体寄り添っているのを見ると……う。


「大丈夫か?」

「……ええ」


 私の様子に気づいたマルセルが、気遣わしげに声をかけてくる。

 取り敢えず頷いておいた。


「さて、今ここにいる中で火の魔術を扱える方はいらっしゃいますか?」


 眼鏡の青年――確か、ジェラルドと言ったか――が、私たちを含めたこの場にいる全員を見回して質問した。


 彼ら側で、2人が静かに挙手し、それに続くようマルセルも手を挙げた。

 マルセルが手を挙げたのを見て、やや遅れて私も同じようにする。


「4名か」


 ジェラルドは難しそうな顔をして呟いた。

 手を挙げた私たち4人以外は、火の魔術を扱えないようだ。


「あの魔物には、火の魔術が効くんですか?」


 こそっとマルセルに聞いてみる。


「正確には、グロウズの弱点は雷属性だ。火属性は逆に効かないが……あの粘膜には雷属性を防ぐ効果がある。高火力の火の魔術で壊せるので、まずは火の魔術で粘膜から対処していくのが型通りの手順だ」

「型通りの手順ではなるけれど、今回は少し厄介だからね」


 マルセルの答えに言葉を付け足すように、ベルンハルトが口を挟む。


「厄介とは?」

「グロウズは元々群れない種類だからこそ、火の魔術で粘膜を壊し、雷の魔術で倒す。そういう手順が取れたんだ。粘膜はかなり厄介で、攻撃魔術は全体的に威力を落とす効果があって、粘膜をどうにかしない限り、かなり暴れたり水の魔術で攻撃してきたりする」


 上級のランクは、その圧倒的な防御力と、水の魔術の威力があるからなのだと、ベルンハルトが教えてくれた。


「グロウズ1体なら、今ここにいる者たちでどうにかなったろうが……もしくは、3体がそれぞれ離れた場所に出現していればな」

「本当に。しかし幸いにも、活性化をせず大人しくしているので、動向を監視しつつ、応援を要請することにしましたよ」


 会話に加わってきたジェラルドは、「ただ、すぐに人数が集まるとは限りませんので、お三方にはこのまま待機していただいても構いませんか?」と続けた。

 ベルンハルトは了承し、私たちはその場で待機となった。



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