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 「一緒に来てもらうよ」と、エドゥアルトに連れてこられたのは、ベルンハルトの執務室だった。

 ヴィオレットを連れて執務室を訪ねた時は、さすがのベルンハルトも驚いていたけれど、何か事情があると察してくれたのか、中に入れてくれた。


 本来の規定では許されないことだが、発見者が私とエドゥアルトだけだったのが大きい。

 ここに来るまで他の隊員とは出会うことはなったため、私たちが公表しない限り、ヴィオレットの侵入の件について知られることはないだろう。


 紅茶を4人分淹れ、応接用のソファーに着席した3人の前にそれぞれ置いたところで、私はヴィオレットの隣に腰掛けた。

 ちらりと、私たちの向かいに座るベルンハルトとエドゥアルトを見る。

 ずっと無言のままだったようだが、息の詰まるような空気というわけでもない――項垂れたままのヴィオレットがどう思っているかはわからないが。


「ヴィオ、事情を話してくれるかな」


 ベルンハルトはいつものように柔らかな口調で、優しく問いかけた。

 私たちにじっと見つめられているヴィオレットは、やがてゆっくりと口を開いた。



「――……つまり、ヴィオレット様は、私のことが心配で忍び込んだ、と」

「はい……」


 ぽつり、ぽつりと事情を口にし始めたヴィオレットの言葉を要約すると、つまりそういうことらしい。


 ――ヴィオレット曰く、第四部隊の駐屯地に向かってから戻ってこない私を心配したことが、根本の要因だったらしい。

 どうやら、彼女はそうと決めると、少し暴走してしまうことがあるみたいだ。普段は、ちゃんと自分を律しているようだが……。


「手紙を出したはずなんだけど……」


 ベルンハルトとエドゥアルトが、困ったように顔を見合わせている。

 私は知らなかったが、ヴィオレットの屋敷を後にしたあの日の夜、ベルンハルトからヴィオレットに向けて手紙を送っていたようだ。


 『ミオ・レイゼイの身柄は、第四部隊が預かることになった』と。

 身柄を預かるって……嫌な響きだけれど、他に『彼女はそのまま第四部隊に籍を置くことになる』とも手紙には書かれていたようだ。


「確かに受け取りましたわ……ですが、」


 ちらりと伺うようにベルンハルトを見たヴィオレットは、きゅうっと手を握った。


「あれからミオ様は駐屯地に留まられたままですし、お手紙も、それ以降頂けませんでしたし……それに、第四部隊の皆様がフリンメルの森へ向かうと聞いて……」


 項垂れたヴィオレットは、どんどん声が小さくなっていく。


「ごめんなさい。どうしても心配になって……王宮騎士団の任務は、危険が伴うことも多いのでしょう……?」


 王宮騎士団に所属しているエドゥアルトの婚約者だからこそ、ヴィオレットはその危険性も十分理解している様子だ。

 王宮騎士団になるためには、まず試験があり、訓練期間というものもそれなりにあるらしいから……ただの一般人だった若い女が、魔物が出る森へいきなり遠征するとなると……言いたいことはわかる。


「危険が伴うことも事実だけれど、ミオちゃんなら上手くやれるよ」

「ですが……」

「手紙では触れなかったけれど、彼女の力は王宮魔術師に匹敵するものだしね」

「えっ」

「そこらの騎士団の者よりよっぽど強い」

「ええっ」


 さらっと告げたエドゥアルトに、ぎょっと目を大きく開いたヴィオレットがこちらを見た。


「王宮魔術師?」


 初めて聞く単語だ。

 王宮、と付いているくらいだ、王宮騎士団と似たような組織になるのだろうけど……魔術が当たり前の世界で、“魔術師”と呼ばれている存在、か。


「それでも、ミオちゃんが訓練もしていない一般人だということに変わりはないからね。俺たちもちゃんとフォローするよ。ね、ベル」

「その通りだが……エド、喋り過ぎだよ」


 はあ、とため息をついたベルンハルトが、驚いた表情のままのヴィオレットを見る。


「事情があるから、あまり詳しいことは手紙に書けなかったんだ。悪かったね、ヴィオ。君のことをもっと配慮するべきだった」

「あ、いえ……わたくしの方こそ軽率な行動でしたわ……本当に」


 無事な姿を確認できたため、自分が取った行動を冷静に思い返し、落ち込んでしまったようだ。

 本来なら、無断で敷地内に入った時点で拘束されてもおかしくない状況なわけだしね。


「彼女の力については、後々公にするつもりだけど、今は伏せていて欲しいんだ」

「はい、わたくしからは何も口外いたしませんわ」


 ヴィオレットは頷いた。

 ようやく彼女の緊張が解けかけてきたみたいで、私もホッとする。


「……あの、ミオ様。ひとつお聞きしても……?」

「はい?」


 ホッとしていると、こちらを向いたヴィオレットが私に話しかけてきた。

 何でしょう? と首を傾げていると、


「ミオ様は、何故仮面を……?」


 不思議そうな顔でじっと見られながら、疑問を投げかけられた。

 まさか、そこを突っ込まれるとは思っておらず、一瞬固まる。


 そう言えばヴィオレットと出会った時、私は変装はしていたけれど、その理由を直接彼女に告げていないままだ。

 しかし、私が口を開く前に、ベルンハルトとエドゥアルトが言葉を交わす。


「ベル、いいか?」

「ああ、どうせこのことはすぐに公表するつもりだから構わないよ」


 このこと、とは……私の正体が“仮面の少女”であったということについてだろう。

 確かに、あの時ヴィオレットは完全に蚊帳の外だったし、あの会話だけでは把握も難しかったと思う。


「ヴィオレットは、ソルレザールの襲撃のことを知っている?」

「ええ、耳にしておりますわ」

「その時、一般市民が退治したっていうのは?」

「ええ、それも……」


 はっとした顔で「もしかして」と、ヴィオレットがこちらを再び見た。


「仮面……ミオ様が、そうなのですか?」

「不本意ながら、そうですね」


 私を見るヴィオレットの目がキラキラしたものに変わるのを感じつつ、肩を落とす。

 王宮騎士団に所属している者や、あの場に居合わせた者ならともかく、“仮面の少女”の件はヴィオレットの耳にまで入っているのか。


 いや、そもそもあれだけ王都中で聞き込みが行われていたのだから、逆に耳に入るのは当たり前なのかしら。


「そ、俺たちがミオちゃんをここへ連れてきた理由は、そういうことだよ」

「なるほど……ですが、何故仮面のままなのですか?」

「それは、少し事情があってね。ヴィオはミオの素顔を知っているわけだけど……できれば、君が会ったミオと、王宮騎士団のミオを同一人物と扱わないで欲しいんだ」

「……それも、その事情があるからなのですね?」

「そう」

「ええ、かしこまりましたわ」


 ヴィオレットはあっさりと頷いた。


「ヴィオの不安はいくらか解消できたかな?」

「……そう、ですね」


 不安は残っていそうだけれど、元々一般人だった私をちゃんとベルンハルトたちがフォローするということと、私の力が強いことで一応は納得してくれたらしい。


「さて、ヴィオの事情も理解したけれど、本来君の行いは褒められたものじゃないというのはわかるよね?」

「……ええ」


 ヴィオレットの行動にお咎めなしかと思いきや、ベルンハルトの態度が急に固いものに変わったことで、そう簡単にいかないのだと悟った。

 きゅっと口をつぐんだヴィオレットは、頭を下げる。


「軽率な行動だということは重々理解しておりますわ」


 ヴィオレットは公爵令嬢だ。

 自分の立場のことも、もちろん王宮騎士団の規則のことも理解している。

 それでも、このような行動を取ったのは、私のことをそれだけ心配してくれたから……。


「ねぇ、エド。ちょっと考えたんだけどさ」

「何?」

「ミオのマナー講師の件だよ」


 え、唐突に話題を変えたね?

 エドゥアルトも驚いた様子だけれど、何かピンと気づいたようで、私とヴィオレットを見比べている。


「ああ、なるほど」

「ヴィオ」


「もし君が良ければ、ミオのマナー講師をしてくれないか?」

「マナー、ですか?」

「実は、兄上からミオを城に連れてくるよう言われていてね。ミオのマナーが悪いとは言わないけれど、最低限の王族に対する礼儀は必要になるだろう?」

「まあ、王太子殿下にお会いするのですね」

「そうなんだ。マナー講師は見つけてあるんだけれど、なかなか時間が取れないんだ。ミオには、ひとまず本で勉強をと考えていたんだけれど」


 ちらり、私へ視線を一瞬よこしたベルンハルトが、満面の笑みでヴィオレットを見た。


「ヴィオが見てくれるなら、私も安心だしね」

「確かに、ヴィオレットに教わるのは賛成だね」

「講師を請け負ってくれるなら、取り敢えず今回のこの件に関しては不問にしよう。それと、ミオには業務を行ってもらいながらになるから、ヴィオにこちらまで来てもらうことになるんだけど、どうだろう?」

「……つまり、わたくしはミオ様と頻繁に会うことができる、と……」


 ぼそっと呟いたヴィオレットのヘーゼルの瞳がキラキラと輝く。


「承りますわ!」

「じゃあ、交渉成立ということでよろしくね」


 手を差し出したベルンハルトに、力強く頷いたヴィオレットも手を伸ばす。

 ……急な展開についていけていないのは私だけかな。


 がしっと握手を交わすふたりを見つめ、私は「取り敢えず、話はまとまったようだな」と少しぬるくなった紅茶を飲んだ。



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