27
とぼとぼと、ゆっくりとした足取りで廊下を進む。
帰りの馬車で疲れたせいだろうか、じわじわと眠気を感じ始めた私は、たまらず欠伸をこぼした。
今日はもう休暇扱いになると聞いているので、部屋で仮眠でも取ろうかしらね。
また出そうになる欠伸を堪えつつ、廊下を進んでいた私は、何気なく目を向けた窓の外の光景に目を丸くした。
あまり手入れをされていないのか、もさもさと草木が茂った場所が多い駐屯地の敷地内。その一角に、何やら怪しげな動きをする人物が目に入ったのである。
こそこそ、という表現がぴったりな動きで、その人物は茂みを屈んでゆっくりと移動しているようだった。
すっぽりと全身を草色のマントで覆っているが、小柄な体格だというのはわかる。恐らく女性か、年若い少年といったところだろう。
建物の様子を伺っているのだろうか……しかし、施設内は魔術絡繰によって窓に特殊な効果が備わっているため、中の様子が見えない仕様になっている。所謂マジックミラー的なものだ。
そのため、窓から見ている私に気づいた様子はない。
じっと動きを観察しながら、私はどうするべきかと頭を悩ませる。
「これは、不審者を発見したとして報告するべきかしら」
相手が何を目的としてあの行動をしているのか謎なので、きっとそれがいい方法だとは思う。
私はそうっと窓の鍵を開け、するりと外へ出た。念の為、素性を探ってみるつもりだ。
「風よ」
地面を普通に歩こうものなら、足音で相手に気づかれてしまう。
咄嗟に風の魔術で体を浮かせ、気配を殺し、怪しい人物の背後斜め上を取る。万が一振り返られても、この位置ならば、相手が見上げなければ視界に入ることはないだろう。
一体、この人物の目的はなんなのか。
「――どうしましょう……」
背後を取ったはいいものの、これから先どう動こうか迷っていた私の耳に、何やら困ったような声が聞こえてきた。
「ここまで入り込めたのは良かったのだけれど……どこから中に入ればいいのかしら……」
可憐な、可愛らしい少女の声だ。
しかし独り言にしては妙に丁寧な口調だな――……ん? と、そこで首を傾げた。
この声、聞いたことあるような……。
ふわりと静かに降下した私は、屈んでいる少女の背後に立った。
「……ヴィオレット、様?」
もしかして、という思いでぽろりと口から溢れた名前に、「え?」と振り返った少女の顔が目に入った。
変装のつもりなのだろうか。彼女の特徴的な美しい銀髪は、あの日の私のようにショールで隠されている。ただ、隠しきれていない顔は、どう見てもヴィオレット本人だ。
何故このように忍び込む形で、王宮騎士団第四部隊駐屯地の敷地内にいるのだろうか……。
ぱくぱくと口を開けては閉じて、驚いた顔で私を見つめるヴィオレットに、私も驚きを隠せぬまま、口を開く。
「ふく……エドゥアルト様をお呼びしましょうか?」
「! だ、だめですわ!」
彼女の婚約者であるエドゥアルトに用かと思っての提案だったが、即座に却下された。
さぁっと顔色を悪くし、首を必死で横へふる姿を見て、呆気にとられる。
「ええと」
ならば、どうすればいいのか。
困った私と、顔色を悪くしたヴィオレットは、お互い無言で顔を見合わせていた。
ずっとこのままというのもなぁ、と思いながら、無難な質問を投げかけた。
「何か、御用があってここへ来られたのですか?」
「ええと、あの」
余程見つかったことが衝撃だったのか、なかなか言葉が出てこない様子。
「一応、ここは王宮騎士団の関係者以外立ち入り禁止となっているようなので、敷地内にいるところを見られるのは良くないと思うんですが」
関係者とは、つまりは王宮騎士団に籍を置く者、もしくは王宮騎士団管轄の部署に籍を置く者が該当する。
いくらヴィオレットが王宮騎士団第四部隊副隊長の婚約者という立場であっても、当然それだけでは騎士団の関係者とは認められない。
一応、事前に申請して承認されたのなら、関係者以外でも立ち入りは可能だとは聞いたけれど……この様子だと、手続きを行ったとは思えない。
私以外の人に見つかったとしても、さすがに厳重注意くらいのお咎めで済むとは思うけど……。
「何か用があるのなら、私が取次するので、一旦ここから離れましょう」
「あの、わたくし……」
私さえ黙っていれば、取り敢えずペナルティは与えられないだろう。
見つかっていない今の内に、と提案したものの――
「そうだねぇ。ミオちゃんの言うとおり、“関係者以外が敷地内に侵入したとあったら即刻捕らえなければならない”という規則があるからね。ここを離れた方がいいと思うけど」
――のほほんとした第三者の声に、私たちは体を固まらせた。
「それで、どうしてここにヴィオレットがいるのかな?」
ひゅっとヴィオレットが息を吸い込んだ。
ゆっくりと声が聞こえてきた方を見ると、爽やかな笑顔を浮かべたエドゥアルトが、腰に手を当ててこちらを見ていた。
驚き過ぎて声も出せないヴィオレットの方へ近づくと、背の低い彼女を見下ろす。
「え、エドゥアルト様……」
「こんなものまで着込んで」
ヴィオレットが首元で結んでいたリボンをするっと解くと、頭から被っていた草色のマントが地面にすとんと落ちた。
その下から、シンプルながらも上品なデザインのドレスが現わになり、たまらずヴィオレットは顔を伏せた。
「えっと……」
何かを言いたいが、相変わらず言葉にならない様子だ。
ヴィオレットの言葉を待たず、エドゥアルトが今度はショールに手を伸ばす。
「自分でやったの? 髪がくしゃくしゃになってしまってる」
「うう」
ショールの下から現れた銀髪は、エドゥアルトの言うとおり乱れてしまっている。
その髪を優しく手で梳いてやりながら、エドゥアルトは「仕方がないな」と苦笑した。
恥ずかしそうに下を向いたままのヴィオレットは、ますます体を小さく縮めてしまう。
その様子を近くで見ていた私は、仮面の下で何とも言えない顔をしていた。
何だこの、甘酸っぱい雰囲気は……と。
傍から見たら、ただのいちゃいちゃにしか見えない様子に、どうしたものかと肩を竦めた。
「全く、騎士団の規則は知っているだろう? どうしてこんなことを?」
「うう……」
責めるというより、諭すような口調で問いかけるエドゥアルトに、ヴィオレットはゆっくりと顔を上げた。
「決まりは決まりだから、一緒に来てもらうよ?」
「……はい」
「ミオちゃんも」
「え」
やっぱり事情聴取はしないと駄目なんだな、と思って成り行きを見守っていたら、まさかの私も同行ですか。
拒否権はないようで、輝かしい微笑みには、どこか威圧感があった。




