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隣にいる少女の様子がおかしいことに気づいていたが、何も言ってこないことに対して、エドゥアルトもわざわざ指摘しなかった。
けれど、しばらく経っても様子は変わらず――いや、むしろ悪化している様子に、さすがに声をかけようと口を開く。
「ミオちゃん?」
呼びかけに、緩慢な動きでこちらを向いたミオが、突然びくりと体を震わせ、だらりと脱力した。
もう一度彼女の名前を呼ぶが、返事はない。意識を失う寸前、微かに苦しげな声が漏れただけだ。
ぴくりとも動かなくなってしまったミオを、エドゥアルトは、ブルーグレーの目を大きくして見つめ――……そっと肩を竦めた。
「……やっとか」
長かった、と目を伏せ、ふっとミオの体を支えていた風の魔術を意図的に消す。
すると、意識を失った少女の体は支えを失い、ぐらりと傾げて、真っ逆さまに落下を始めた。
意識を失っているからこそ、悲鳴や抵抗は当然ない。
重力に逆らうことなく落ちていく、その当たり前の光景を確認し、すぐに距離を詰め、落ちる体を抱き止めた。
ぐったりと脱力した体を横抱きに支え、やれやれと首をふる。
「あれだけ高火力の魔術を連続で使って、尚且つ前日の使用分も含め……丸二日、か」
意識がないことを確かめるために、そっと仮面をずらす。
いつも仮面越しにこちらをじっと見つめる黒曜石のような瞳は、今は完全に存在を隠されている。
伏せられたまつ毛が、青白い頬に影を落としていた。酷い顔色だ。
仮面の下から現れた血の気の引いた顔は、よくできた人形のようにも見える。そう思いつつ、ずらした仮面を元に戻し、ゆっくりと降下を始めた。
手筈通りだが、これ程まで彼女が持つと考えていなかった。
多少想像を超えたが、それでも予定は予定のままで変わりない――降下を始めたエドゥアルトに気づいた仲間たちは、攻撃の手を休め、徐々に撤退の姿勢を見せ始めていた。
「――少なくとも、魔力量は王宮魔術師と同等か……それ以上だな」
魔力切れにより意識を失ったミオを連れ、拠点としているコテージに戻ってきたエドゥアルトは、ひとまず彼女を休ませることにした。
ミオが使用している部屋に入り、さっとベッドに横たえてやる。
エドゥアルトはそっと全身を見て……何ともいえない顔になった。
きっちりと騎士団の服に身を包んだミオは、胸元のボタンも全て綺麗に留めていた。マントだって身につけたままだ。
はっきり言って、寝苦しそうだ。
とは言え、たとえ同じ部隊の仲間であっても、さすがに妙齢の女性の体にべたべた触れるのは良くない。特に、貴族の人間として生まれたエドゥアルトは、男女間の距離感等について厳しく躾けられている。
服は、苦しいだろうがこのままで……しかし、せめて泥で汚れた靴だけでもと手を伸ばしたところで、扉が開く音が聞こえた。
真っ直ぐこちらへ近づいてきた足音はひとり分だけ、案の定顔を覗かせたのはベルンハルトだった。
「……彼女は?」
「ご覧の通りさ」
横たわったミオを覗き込んだベルンハルトは、エドゥアルトがしたように仮面をずらした。
青白い顔色に変わりはないが、先程確認した時よりも呼吸はいくらか落ち着いたようだ。
「少しましになったみたいだ」
「そう」
仮面を元に戻す。
「……外しておいた方が楽じゃないか?」
「いや、このままの方がいいだろう。まだ混乱させたくない」
首を振ったベルンハルトの意見に、それもそうかと頷く。
「しばらくは目を覚まさないだろうから、このままで」
ちらりとミオの全身に視線を走らせたベルンハルトが、一瞬困ったような顔をしたが、すぐに無表情に戻った。
考えたことは同じだろう……けれど、何も言わずに踵を返した。
貴族であるエドゥアルトよりも、王族であるベルンハルトの方が幾分厳しく育てられてる。楽な状態にさせてやりたいが、そうもいかないのだろう。
「みんな集めている。エドも来てくれ」
「わかった」
頷いてから、もう一度ミオの方を見る。
ベルンハルトが部屋に入ったため中途半端に脱げかけた靴を地面に下ろし、そっと部屋を出た。
リビングにあたる部屋へ入ると、ソファに並んだ王宮騎士団第四部隊のメンバーがこちらを一斉に見た。
手短に「彼女は魔力切れで寝ている」とだけ告げ、ソファの空いている場所へ、ベルンハルトとエドゥアルトはそれぞれ腰掛ける。
「……さて、と」
ベルンハルトは、ぐるりと全員の顔を順に見た。
「観察してみて、どうだった?」
浮かべられた表情は、どれも複雑な心境を物語ってる。
「……はっきり言って、彼女の存在は本当に信じられないくらいだ」
「そうだな……戦略、戦術などを抜きにして、純粋な力だけを比べるならば、彼女の力はここにいる誰よりも強いだろうね」
「体力や運動能力などは、平均的な女性……よりも少し上といったところだが……」
「到底、訓練された者のそれとは違っていたと思った?」
「……その通りだな。私が支えていなければ、怪我どころでは済まなかっただろう」
「わざと体力がないふりをしたんじゃないの?」
「ま、その可能性も否定できねぇよな」
それぞれ感じることは大差ない、か。
足を組んで、より深くソファに座ったベルンハルトは、飛び交う意見に耳を傾けた。
「……魔力切れを起こしたと言っていたけど、それは本当なの?」
「ああ、ちゃんと確認したよ」
エドゥアルトが頷いた。
「……演技ではないの?」
ぽつりと呟かれた言葉に、全員の目が発言者の方へ向けられた。
猫を思わせる大きなアーモンド型の目は、今は鋭く細められている。
「一概には何とも言えないな」
「見るからに怪しいじゃん」
エドゥアルトの発言に被せるように吐き捨てる。
先程まで一言も口にしなかったのに、いざ口を開けば随分と刺々しい声音だ。
「シルヴィ、傷になる」
ぎりっと音がしそうな程握り込まれた拳を解かせ、マルセルが宥めるように頭を撫でた。
最年少のシルヴィは、まだまだ感情の制御が甘い。それに加え、過去に起きたことが、より拍車をかける要因になっていることだろう。
「――個人が有する魔力には上限がある。もちろん個人差はあるが……これは絶対的な理だね。そして、人とは無意識のうちに、その上限を超えないように力を扱うものだけれど……」
魔力量が少ないならばともかく、常人よりも遥かに多い魔力量を有する者であれば、まず魔力切れになることは早々ない。
ましてや、魔力切れを起こした時点で、その者の限界値が知れる――つまるところ、相手に自分の力量をひけらかしているのと同義の行動と言えるだろう。
これが味方に知られるのならまだいいが、敵対する者に知られたとなれば、その者にとって最悪の事態となる。
人前で魔力切れを起こすことの重大さを、彼らはよく知っていた。
「まさか、こうも簡単に魔力切れを起こしてくれるとは思わなかったけれど」
ベルンハルトたちは、ミオという存在を見極めなければならなかった。
はっきり言って、ミオの存在は吉と出るか凶と出るか全くわからない。非常に扱いにくい案件だ。
「意図的か、無知故か……判断に苦しむところだな」
印象的だったのは、ミオが魔力測定を行ったあの時。
興味深そうに特殊な加工を施した壁をつついていた様子――魔力測定を行う際は、特殊な加工をされた“魔術を吸収する壁”に覆われた部屋で行う決まりとなっている。
万が一のことを考え、これは王族であっても、貴族であっても、平民であっても共通の決まりごとだ。
その常識を、「金属質な見た目なのにあったかいって変な感じ」と首を傾げながら観察する彼女の行動の方が不思議だった。
――そして、その後もミオの行動には驚かされるのだが。
「今、現状として言えることは……彼女の価値は非常に危ういということだけかな」
ベルンハルトの言葉に、腹に抱える気持ちは違えども、その場にいる全員が首を縦に振った。
「ルワーノからの報告はどうなっているんです?」
実質、ミオと一番長く一緒にいるのは、色々と教えているルワーノだ。
報告という形で、ミオの様子などを聞いているが……ベルンハルトは肩を竦めた。
「彼女が記憶喪失だという話は、恐らく本当のことだろうと思う。もしもあれが演技だとしたら相当なものだよ」
それでも、嘘をついていないという確信もない。
「引き続き、動向には注視してくれ」
「言われなくても」
むっすりとした顔のシルヴィの方を向いて「悪いけれど割り切ってくれ」と念を押す。
シルヴィは、はぁっと重々しくため息を吐き出した。
「……わかってる。俺たちが適任だってことは――……」




